温帯域の森林の主要構成種であるブナ科樹種の種子(堅果)は、開花直後から結実に至るまで多くの昆虫に加害され、それが種子生産に大きな影響を与えることが知られている。西日本の暖温帯域では、遷移の進行などにより林分におけるブナ科樹種の構成割合が変化しており、それが種子を加害する昆虫の密度や加害パターンを変化させ、各ブナ科樹種の種子生産の年変動に影響している可能性がある。本研究では、このような散布前の種子への加害といった生物的要因の着目し、それが種子生産量の年変動に及ぼす影響を定量的に明らかにすることを目的としている。 2021年度は、京都市近郊二次林のコナラ属3種(コナラ、アラカシ、ツクバネガシ)において、これまでの既往研究で重要性が指摘されている樹体内の資源動態や気象要因と種子生産の関係性について調べ、これを踏まえて種子生産に対する種子食昆虫の影響の大きさについて評価した。アラカシ・ツクバネガシは枝内のN濃度が年変動し、翌年の雌花生産量と関連性がみられたが、コナラは枝内のN濃度の年変動は小さく、毎年ほぼ一定の雌花を生産していた。コナラの健全な成熟種子生産量には、ハイイロチョッキリという種子食昆虫の加害が大きく影響し、結実率はハイイロチョッキリが羽化する6月の気象と相関があった。一方、アラカシ・ツクバネガシでは種子食昆虫の加害の影響は小さく、雌花生産量と成熟種子生産量の間には強い相関性が見られ、資源に応じた種子生産が行われていると考えられた。 研究期間全体を通じて、ブナ科樹種の種子生産には種子食昆虫の加害が大きく影響していることが明らかとなった。あるブナ科樹種が古くから存在する林では、その樹種の種子を加害する昆虫の加害により種子生産が制限され、新しく進出した林では、その影響が小さく、種子が順調に生産されており、これが、森林動態にも関連している可能性が示唆された。
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