研究実績の概要 |
樹木の水利用様式を規定する木部通水経路の解析は世界中で長年にわたり行われてきた.しかし,従来のほとんど全ての実験系では樹木の幹を切断した後,染料を含む様々なトレーサーを2年輪目以降の木部を含む樹幹切断面全体から取り込ませ,トレーサーの木部内分布解析から複数年輪にわたる通水経路を特定している.しかし,樹木全体の実際の通水ネットワークでは,樹幹の2年輪目以降の木部が直接外部の水と接続することはないため,当年に形成された根から取り込まれた水は最外年輪の木部を経由してより内部の木部に移動することになる.そのため,既往の研究手法で推定されている樹幹の通水経路は,樹木個体内での実際の通水経路と異なる可能性がある. そこで本研究では重水をトレーサーとして破壊処理を行わず当年根から取り込ませ,樹木の根から葉に至る通水ネットワークの全体像を非破壊的に明らかにすることを目的とし,まず通水機能評価実験系に適する樹木の網羅的探索と実験条件の検討を行った.既往の報告で挿し木の発根性が良好とされているヤナギ属を含むいくつかの樹種の試料を採取し,生育条件を検討した.その結果,ヤナギ属の種において根の発達が顕著に認められた. 次にヤナギ属の種を用いて,水の移動部位を組織レベルで明らかにするために,先行研究で使用例がある酸性フクシンをトレーサーとして吸引させたところ,当年根から酸性フクシンを取り込ませた場合と木部横断面から酸性フクシンを取り込ませた試料では染料の上昇経路が大きく異なることが明らかになった. また,染料の上昇経路と道管の水分布様式の対応を電子顕微鏡レベルで検討したところ,染料の上昇経路と道管の水分布は必ずしも一致しなかった.このことはヤナギ属の樹幹では普段通水に寄与しないが通水機能を維持している道管が存在し,通水経路が個体の水分生理状態に応じて変化する可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
樹幹の道管における水移動経路を組織レベルで明らかにするため,当年根から染料トレーサーを取り込ませた個体と木部横断面から取り込ませた個体で染料分布が大きく異なることが示され,従来の染色液を用いた手法による通水経路の評価は,個体の実際の通水経路と異なる可能性を示すことができた.一方で水分布との対応関係.料の上昇経路と道管の水分布は必ずしも一致しなかった.このことはヤナギ属の樹幹では普段通水に寄与しないながらも潜在的には通水機能を維持する道管が存在し,通水経路が個体の水分生理状態に応じて変化する可能性が示唆された.以上の結果は第70回日本木材学会大会で発表したが,学術論文として公開されておらず,論文投稿作業を進める必要がある.
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