研究課題/領域番号 |
18K05779
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
西部 裕一郎 東京大学, 大気海洋研究所, 准教授 (50403861)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 動物プランクトン / カイアシ類 / 休眠 / 生活史 / 地理的変異 / 沿岸域 |
研究実績の概要 |
沿岸性カイアシ類Acartia hudsonicaの休眠卵生産の季節性と休眠卵の生理的特性を明らかにすることを目的として、岩手県大槌湾において野外調査と産卵実験を実施した。また、当初計画には含まれていないが、近縁種であるAcartia omoriiも同所的に出現したため、本研究の対象とした。野外調査は大槌湾の湾奥において毎月実施し、水温等環境要因の測定とプランクトンネット採集を行った。産卵実験は、野外調査時の水温と光周期を模した疑似現場環境下で24時間実施し、急発卵と休眠卵の産卵数を計数した。A. hudsonicaとA. omoriiの急発卵と休眠卵は外部形態で識別することが困難なため、孵化時間を指標として識別した。A. hudsonicaの休眠卵生産には明瞭な季節性があり、4月~7月と1~2月に確認された。特に5~7月には実験に供した個体の55~87%が休眠卵を産み、雌1個体の産卵数に対する休眠卵の割合は31~66%と高かった。一方、A. omoriiの休眠卵生産は7月にのみ認められ、休眠卵を産んだ雌の割合も5.6%と低かった。A. hudsonicaの休眠卵は現場水温下(9~16℃)で高い割合(>80%)で孵化し、さらに低水温(5℃)および高水温下(20℃)でも同様に孵化したことから、休眠覚醒に特別な温度刺激を必要としないことが分かった。また、卵の休眠期間は高水温ほど短い傾向が見られた。A. hudsonicaの休眠卵の孵化は同一ブルード内でも非同調的であり、孵化が数十日間に渡って散発的に生じる孵化遅延卵(Delayed hatching eggs)と呼ばれるタイプであることが分かった。こうした休眠卵の生理的特性から判断すると、大槌湾のA. hudsonicaは、不規則で予知困難な環境変化への対応として休眠卵を生産していると考えられた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、カイアシ類における卵休眠の地理的変異を、異なる地域に生息する個体群の比較から明らかにすることを目的としている。そのため、主たるフィールドである大槌湾におけるAcartia hudsonicaの休眠卵生産の季節性を明らかにできたことは、今後比較研究を進める上で重要な基盤となる。また、当初計画になかったAcartia omoriiについても、A. hudsonicaと同様に大槌湾における結果が得られたため、卵休眠の地理的変異を複数種で検討することが可能になった。さらに、大槌湾のA. hudsonicaが、孵化遅延卵と呼ばれる休眠卵を産むことが明らかになったが、同様の休眠卵はこれまでにわずか数例しか報告されていないため、その孵化特性を詳細に明らかにしたことは、カイアシ類休眠卵の生理的特性を広く理解する上で重要な知見となり得ると考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
大槌湾におけるAcartia hudsonicaとAcartia omoriiの休眠卵生産の季節性は明らかになったが、これを誘導する環境要因を野外調査のみから明確にすることは困難である。そこで、次年度は、両種の休眠卵生産の誘導要因を、環境条件をコントロールした飼育実験から明らかにする。飼育実験では、休眠卵生産を誘導すると推定される環境条件(水温、光周期、餌など)を数段階設定し、これらに対する応答性を比較する。また、大槌湾では、A. hudsonicaとA. omoriiに加えて、Acartia steueriが休眠卵を生産することが予備的実験によって明らかになっているため、本種の休眠卵生産の季節性を把握するための野外調査と産卵実験についても毎月実施する。さらに、大槌湾の個体群との比較のために、A. omoriiが優占する東京湾において予備的な試料採集を実施する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初計画で導入する予定であった大型機器(インキュベーター類)は、実験を実施した研究機関から既設機器の使用を許可されたため、購入しなかった。また、震災によって使用不可となっていた併設の宿泊施設が再建され、今年度より利用可能となったため、当初計画と比べて旅費の使用額が大幅に少なくなった。繰越金については、次年度も毎月継続する岩手県大槌町での調査の旅費、実験に使用する物品の消耗品費ならびに国内学会旅費として使用する予定である。
|