沿岸性カイアシ類の卵休眠における地理的変異を明らかにするために、昨年度に引き続き舞鶴湾(京都府)においてAcartia hudsonicaの産卵実験を行い、休眠卵の生理学的特性を調査した。5月下旬の実験では、休眠卵を産んだ雌は全体の30%以下であったが、6月中旬には全ての個体が休眠卵を産み、産下された卵の99%が休眠卵であった。6月の実験で得られた休眠卵について、現場水温(20℃)に加えて、10℃、15℃および25℃で孵化の有無を経時的に観察した。A. hudsonicaの休眠卵は、10℃、15℃および20℃で孵化し、最終的な孵化率は95%以上であった。一方、25℃で孵化した卵は1%程度であり、高水温によって休眠からの覚醒が抑制されることが示唆された。10℃、15℃および20℃で孵化した休眠卵の半数孵化時間はいずれも約80日で、水温による違いは認められなかった。そのため、舞鶴湾のA. hudsonicaが生産する休眠卵は、孵化可能な範囲内であれば水温によらず3ヶ月程度で覚醒する性質を持つことが分かった。一方、大槌湾(岩手県)の個体群では、休眠卵の半数孵化時間は水温の上昇に伴って短くなり、同じ水温範囲では約20-70日であることが分かっている。以上の結果から、A. hudsonicaの休眠卵の生理学的特性は個体群間で異なっていることが明らかになり、沿岸性カイアシ類の休眠形質は、従来知られていた休眠性の有無だけでなく、孵化の温度反応や休眠期間においても地理的変異が存在することが示された。
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