従来,魚類心電図は金属電極を体表もしくは体内に装着・挿入した上で,マイクロデータロガー等の小型記録器も魚体に背負わせるといった,魚に相応の負担を強いる手法で記録するのが定法であった。しかし魚体表や体内から導出される心電位は,心臓で発生した微小な電位が筋肉などを通過したものを記録しており,生物の組織には導電性があることに着目した。一方心電図は,体表面のみならず,食道内からも導出可能であることを予備実験において確認し,本研究を開始した。導電性のある生体組織を用いるとともに,食道内からも心電図の導出が可能であるならば,リード線と接続した餌を捕食した魚の心電図もまた,記録可能な筈であり,この手法を用いることにより,人間が手を触れない自然な状態の魚のコンディション推定も可能になると予測した。 導電性の高い餌生物候補としては,釣りにも用いられることの多い,イカ類が適していることが,インピーダンス測定の結果判明し,極細リード線を接続することで,捕食時の心電図が記録された。ただし,捕食後遊泳しないで静止している方が,筋電位によるノイズ混入が避けられるため,本手法による心電図導出は底生魚類の方が適していることも判明した。本研究により心電図記録が行えた魚種は,マツカワ,カサゴ,ウツボおよびアカハタであり,何れも人の手を触れないで世界で初めて記録された心電図となり,その心拍数は10数拍/分~約60拍/分と,従来記録されてきた魚の心拍数に比べてかなり少ないことが判明した。本手法による心電図記録時間は数10秒~数分と,魚の自律神経系の緊張推定に必要なデータ数としては少ないため,本研究では心拍間隔データではなく,心電図データを直接周波数分析して卓越周波数成分およびフラクタル(ゆらぎ)成分を明らかにするため,CGSA法を適用することで,安静時に表れるとされるフラクタル成分の比率も算出することに成功した。
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