本研究では、遺伝性プリオン病の原因遺伝子変異であるM232R変異がプリオン病を引き起こす分子メカニズムを解明することを目指した。M232R変異はプリオン蛋白成熟の過程で除去されるGlycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカリング シグナルペプチド中に存在するため、変異アレルからも野生型と全く同じアミノ酸配列の成熟プリオン蛋白がつくられる。それにもかかわらず、どうしてM232R変異がプリオン病を引き起こすのか、その理由は分かっていない。 最終年度である本年度は、まずLC/ESI-MS/MSによるGPIアンカーの構造解析をおこない、M232R変異がプリオン蛋白のGPIアンカー付加部位や糖鎖構造に影響を与えないことを確認した。次に、プリオン蛋白の細胞内局在を詳細に解析したところ、M232R変異によりミトコンドリアに局在するプリオン蛋白が増加することが明らかになった。プリオン病患者脳ではミトコンドリアが脱落することが報告されており、本研究の成果はM232R変異がプリオン蛋白のミトコンドリア局在を誘導してプリオン蛋白の異常化や神経毒性の発現を促進することでプリオン病の発病を早める可能性を示唆している。 補助事業期間全体を通じて本研究では、M232R変異はプリオン蛋白のGPIアンカーの有無、GPIアンカー付加部位、GPIアンカー糖鎖構造、脳内分布には影響を与えないことを明らかにした。その一方、M232R変異はミトコンドリアに局在するプリオン蛋白を増加させることでプリオン病の発病を促進する可能性が示された。GPIアンカリング シグナルペプチドにおける遺伝子変異と疾病との関連を示したのは本研究が世界で初めてである。また、本研究の中で、ヒトプリオン蛋白のGPIアンカーの詳細な糖鎖構造、GPIアンカー付加部位、GPIアンカーのシアル酸結合様式が初めて明らかになった。
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