犬のリンパ腫は発生頻度の高い悪性血液系腫瘍の一つであり,臨床上大きな問題となっている。本研究では,犬のリンパ腫細胞における代謝産物を解析することで,リンパ腫細胞において依存性の高い代謝経路を明らかにし,その阻害が新規治療の標的となるかを明らかにすることを最終目的として研究を行った。 最初に犬のリンパ腫培養細胞株を用いてCE-TOFMSによるメタボローム解析を行い,2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)の蓄積が生じていることを明らかにした。ヒトの一部の腫瘍ではイソクエン酸脱水素酵素(IDH1,IDH2)をコードする遺伝子の点突然変異によって,TCA回路においてイソクエン酸からα-ケトグルタル酸(α-KG)が変換される代わりにオンコメタボライトの1種である2-HGへの変換が起こり,2-HGが細胞内に異常に蓄積することが知られている。そこで本研究では犬リンパ腫細胞株を用いてIDH1およびIDH2遺伝子変異の解析を行ったが,アミノ酸変異を伴う遺伝子変異は確認されなかった。しかし,興味深いことに,リンパ腫罹患犬11頭より採取した血漿における2-HG濃度を測定したところ,健常犬に比べて有意に高濃度であり,犬のリンパ腫では変異型IDHに依存しない2-HG産生経路が存在する可能性が示唆された。 本研究では,犬のリンパ腫細胞において2-HGが何らかの役割を果たしている可能性が示唆されたものの,その原因や機能の解析を十分に行うことはできなかった。しかしながら,犬のリンパ腫症例におけるバイオマーカーとして,2-HG濃度の測定が応用できる可能性が示唆された。今後は2-HG濃度増加のメカニズムやその機能を解析し,症例数を増やしたさらなる検討を行うことによって,2-HGをターゲットとした治療や診断への応用が進むことが期待される。
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