研究課題
アルツハイマー病(AD)を代表とする各種の中枢神経障害の治療基盤を構築することを目的として,培養ミクログリア及びアストロサイトを用いた神経炎症モデルにおける活性化反応を制御する各種薬剤を検索してきた。ミクログリアは食作用や神経栄養因子の産生・放出を通じて,アストロサイトはイオン動態やシナプス構造の維持などを通じて,どちらも中枢の恒常性の維持に貢献している。神経変性疾患時には炎症性サイトカインや一酸化窒素(NO)の産生が高まるなどミクログリアやアストロサイトが過度に活性化することによりニューロンに対して悪影響を及ぼすと考えられている。脂肪酸は従来,細胞のエネルギー源や生体膜の構成成分と捉えられてきたが,近年それをリガンドとする受容体の存在が明らかとなり,シグナル分子としての機能にも注目されている。短鎖脂肪酸である酢酸(C2)や酪酸(C4)は食品中に含まれたり腸内細菌の発酵により産生され,血液循環に入り,血液脳関門を通過して中枢に作用しうると考えられ,躁様状態モデルラットの移動・探索活動の増加が酪酸の脳室内投与により抑えられることも報告されている。一方,中鎖脂肪酸(C6-C12)は細胞のエネルギー源として利用しやすい基質と考えられており,中鎖脂肪酸を多く含むココナッツ油の継続摂取によりアルツハイマー病患者の認知機能の低下が改善される報告もあることから,中枢に対する中鎖脂肪酸の効果に関心が高まっている。これら中鎖脂肪酸をリガンドとする受容体についても報告があり,中枢での機能については謎が多い。詳しくは進捗状況の欄に述べるが,本年度は短・中鎖脂肪酸の両グリア細胞の炎症反応に対する作用について興味深い結果が得られた。端的に述べると,短・中鎖脂肪酸はミクログリアの神経炎症反応を抑制し,反対にアストロサイトのそれを増強する。この新知見をもとに最終年度の研究を展開する。
2: おおむね順調に進展している
本年度も以下のような結果を見いだすことができた。培養ミクログリアにおいて,酢酸がLPS(リポポリサッカライド)刺激によるNO産生を濃度依存的に有意に抑制することを見出した。またiNOS蛋白質の発現も同様に抑えた。加えて,酢酸はLPS刺激によるROS産生やLPS誘導性のGSH減少の程度も抑えることを見出した。つまり,酢酸はNOとROSの産生を減少させることで神経炎症反応を抑制することを示唆している。AD患者の認知機能の低下および行動異常がココナッツ油の経口摂取により改善されるが,その機構は知られていない。培養ミクログリアにおいて,LPS刺激によるNO産生とiNOS蛋白質の発現は中鎖飽和脂肪酸(ラウリン酸(LA: C12)とオクタン酸(OA: C8))存在下で濃度依存的に抑制された。LPS刺激によるROS産生の増加や貪食能の上昇も,これらの同時添加により抑制された。中鎖脂肪酸受容体GPR40のアンタゴニスト(GW1100)の添加は,LAにより抑制されたLPS誘導性NO産生と貪食能を拮抗した。中鎖脂肪酸はミクログリアの活性化をGPR40を介する経路を介して抑制した。一方,アストロサイトの細胞機能に対しては抑制ではなく,反対に増強することが見出された。LPS刺激によるNO産生とiNOS蛋白質発現は,C4からC12のから脂肪酸の存在下で増強され,またLPS刺激によるROS産生の増加も増強された。さらにLPS刺激による炎症性サイトカイン(IL-1β,IL-6,TNF-α)産生も酪酸の同時添加により増強が認められた。酪酸の代わりに短鎖脂肪酸受容体GPR41アゴニストをLPSと同時添加するとLPS単独刺激群に比べNO産生,iNOS発現,ROS産生がいずれも増強した。短鎖および中鎖脂肪酸はアストロサイトの活性化をGPR41を介する経路により増強する。
今年度の成果をさらに発展させる予定である。本年度明らかとなった最も興味深いことは,短・中鎖脂肪酸がアストロサイトのLPS誘導性の炎症反応を増強し,ミクログリアのそれを抑制するという,反対の効果を持つことについて,さらなる詳しい解析を目指す。この逆説的な作用をもたらすことに,どのような意義があるのかについてさらに踏み込みたい。一般に,ミクログリアが先に脳内の異常現象を察知して活性化すると,それがアストロサイトに伝えられ活性化されて,両グリア細胞が脳の機能維持に働くと考えられる。その連携が破綻することにより,脳内での神経炎症が恒常的に起きてしまう可能性がある。インフルエンザ脳症のようなサイトカインストームによる破綻もこのような現象かもしれない。治療方策として両グリア細胞の細胞機能を制御することが肝要である。通常の脳内における両グリア細胞の分布と局在は判然としないが,病的な異常状態においては両グリア細胞の局在の異変を伴う可能性もあり,非常に興味深い。一方,近年,リゾリン脂質が脂質メディエータとして受容体を介して機能することが明らかになりつつあり,中でも免疫や炎症反応において様々な機能を示すことが見出されている。中枢神経系においては,lysophosphatidylinositol (LysoPI) がニューロンの興奮毒性に対して保護的に作用するという報告があるが,グリア細胞におけるLysoPIの機能はほとんど判明していない。BV-2細胞をリポポリサッカライド(LPS)により実験的に活性化させ,その様々な細胞機能に対する LysoPIの影響を検討したい。これらの進展により,両グリア細胞の機能についてのより深い理解が得られることを期待する。
差引額の6,800円余は次年度の消耗品費とする予定である。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件)
Curr Mol Pharmacol. [Epub ahead of print]
巻: Epub ページ: Epub
10.2174/1874467213666200420101048.
Sci Rep. 2019 Mar 12;9(1):4179.
巻: 9 (1) ページ: 4179
10.1038/s41598-019-39627-y.