本年度の研究では追いつき成長におけるSirt1の分子機能について調べた。まず、CRISPR-Cas9システムによりSirt1遺伝子の破壊を行った。その結果、これらの個体群では、追いつき成長特異的に成長が阻害されることが明らかとなった。また、in situ hybridization 法により通常成長と追いつき成長におけるSirt1遺伝子の組織特異的発現を調べたところ、胚前方部(特に咽頭部付近)で追いつき成長を示す個体でごく僅かにSirt1の発現が高まる傾向が見られた。加えて、質量分析とイムノブロットを用いてSirt1の化学修飾の変化を調べた。その結果、ゼブラフィッシュのSirt1にはリジン・アルギニン残基にアセチル化やメチル化、そしてセリン・スレオニン残基にリン酸化修飾が施されることが明らかになった。特に、セリン・スレオニン残基のリン酸化は追いつき成長時に上昇する可能性が示された。ゼブラフィッシュ胚や培養細胞の抽出液を用いたプルダウン実験および共免疫沈降実験では、追いつき成長を誘導する条件(低酸素と酸素の再供給)で特異的にSirt1と結合する分子としてインスリン受容体基質2(Irs2)や68kDaの未同定分子を見出すことができた。Irs2はインスリン様シグナリングの活性化を担う重要なシグナル制御分子だが、Irs2やSirt1は追いつき成長特異的にMapkシグナルの増強を担うことも示せた。一連の解析の結果から、追いつき成長特異的な修飾を受けたSirt1がIrs2分子と相互作用することで、胚成長シグナルが変化して成長の急加速が誘導されると考えられた。
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