本研究は、多様な生命活動を作り出す選択的スプライシングに関わる新しい知見を明らかにすることを目的とする。本年度の研究において、神経細胞種特異的な選択的スプライシングにより産生される線虫インスリン/IGF-I受容体アイソフォームDAF-2cの学習行動制御に関して、以下のことを明らかにした。 ・味覚忌避学習(飢餓環境下で経験した食塩濃度を避ける学習行動)において、DAF-2cはALK型受容体型チロシンキナーゼ(SCD-2)経路と一部同一経路で働くことが遺伝学的解析により明らかになった。さらに、SCD-2はDAF-2cと同一の味覚神経で働くこと、SCD-2の働くタイミングは学習の成立時(条件付け時)であることがわかった。一方、DAF-2cは条件付け後の学習行動時に働くことが分かっている。以上より、条件付け時にSCD-2経路が働くことで、その後のDAF-2cに依存した学習行動を誘導するというシグナル伝達経路が味覚忌避学習を制御する可能性が示唆された。 ・DAF-2cは味覚忌避学習に加えて、高グルコース条件付けにより起こる学習行動(糖学習)にも必要であることが明らかになった。DAF-2cのリガンドとしてインスリン様分子INS-1が働くこと、味覚忌避学習とは異なりDAF-2cの下流ではAktキナーゼ経路以外のシグナル伝達経路が糖学習に大きく関わることが明らかになった。さらに、INS-1/DAF-2c経路はPI3Kの活性により局所的なPIP2(ホスファチジルイノシトール2リン酸)のレベルを低下させ、それに伴いホスフォリパーゼCに依存したジアシルグリセロール(DAG)/PKC経路の活性を低下させており、INS-1/DAF-2c経路の抑制がDAG/PKC経路活性を上昇させ糖学習を促進するという、インスリンシグナルとDAG/PKCシグナルのクロストークによる神経機能制御の可能性を明らかにした。
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