研究課題/領域番号 |
18K06068
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研究機関 | 東邦大学 |
研究代表者 |
多田 政子 東邦大学, 理学部, 教授 (10524910)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | DNAメチル化 / DNMT1 / エピジェネティクス / リプログラミング / ES細胞 |
研究実績の概要 |
DNAのメチル化は、哺乳類の初期胚発生制御に重要である。DNAメチル基転移酵素には、新しいDNAのメチル化パターンを作り出すDNMT3AとDNMT3B、それを維持するDNMT1がある。DNAメチル化は哺乳類の細胞分化や発生に必須で、DNMT1/3A/3Bを全て欠損した三重欠損マウス胚性幹細胞(TKO ES細胞)は分化能を持たない。我々は、CAGプロモーターでDNMT1を発現させたTKO ES細胞(TKO+1 ES細胞)を分化誘導し、分化能を再獲得していることを見出した。本研究では、TKO+1 ES細胞の分化過程で、DNMT1が無修飾DNAのメチル化を誘導する制御機構を解析してきた。 2017年までに、DNMT1による新規DNAメチル化活性が顕在化する細胞の分化段階やクロマチン状態を解析した。DNAメチル化レベルは、TET酵素による変換で生じる5-ヒドロキシメチルシトシンとの総量で評価した。結果、DNMT1は、TKO ES細胞核を未分化状態ではメチル化せず、分化に伴いDNAにアクセスしゲノムワイドな修飾を誘導することを見出した。事実、クロマチンを活性化するリガンドや低分子化合物を加えると、短時間でTKO+1 ES細胞に新規メチル化を誘導できた。 2018年には、mRNA発現を網羅的に解析し、原条形成や始原生殖細胞マーカーを高発現する核のリプログラミング状態を経過するとDNMT1がDNAメチル化を増加させることを確認した。 2019年には、バイサルファイトシークエンス解析結果をヒストン修飾、ChIP-seq、DNase hypersensitive site, CpG islandsを比較し、DNMT1全長はLTRなどのリピート配列を、N末端を欠くDNMT1はrDNAやCpG islandなどオープンクロマチン領域に対応していることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
DNMT1は、精製した無修飾DNAをメチル化できるが、細胞の中で新規メチル化活性をもつか明らかになっていない。DNAはヒストンに巻き付くことでヌクレオソームを形成し、基本的に不活性状態になる。そのため、DNA修復、複製、転写の開始にはヌクレオソーム構造からのDNAの露出が必須となる。DNMT1は極めて大型の酵素で、精製した無修飾DNAはメチル化できるが、ヌクレオソーム内のDNAにはアクセスできない。また、DNA脱メチル化酵素として知られるTET酵素も、不活性型ヒストンマークであるH3K9me2/3によってDNAへのアクセスが阻害されている。受精から着床までの初期胚発生過程の幹細胞系列では、ゲノム全体のエピジェネティクスが変動するリプログラミング現象が生じる必要がある。このDNA修飾変動は、DNAメチル化関連酵素DNMT1/3sやTET1-3のDNAヘのアクセス変化が先行して生じると考えられる。しかし、そのプロセスは明らかになっていない。本研究では、DNMT1がどのような発生段階特異的制御を受けてDNAへアクセスできるようになるのかをDNA修飾変化、ヒストン修飾変化、遺伝子発現との相互関係を追跡することを目指した。結果、DNMT1はN末端を介してDNAにアクセスしてDNAメチル化に関与するが、必ずしも野生型ES細胞でDNAメチル化が維持されているヘテロクロマチンをターゲットとしないことを見出した。一方、N末端欠損DNMT1は、さらにクロマチンの緩和領域にアクセスしてメチル化するが、維持メチル化活性を失っているためその修飾量は乏しい。以上から、DNMT1のN末端はDNMT1が本来持つ新規メチル化活性とそのターゲット領域を制御し、DNMT1の維持メチル化活性を伴って着床後のDNAメチル化増加に関わると考えられる。以上の結果は、DNMT1の新たな特性を示すものである。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、DNMT1の新規メチル化活性に由来するDNAメチル化の局在性を全ゲノムバイサルファイトシーケエンスによって網羅的に解析した。この解析において、九州大学と新たな共同研究体制が結ばれた。また、網羅的オープンクロマチン領域解析ATAC-seqによってクロマチン構造を解析し、これらの対比によってDNMT1が作用するゲノム領域の特性を探る予定であった。しかし、DNMT欠損ES細胞のChIP-seqやDNase I hypersensitive sites、ATAC-seqデータなど既存のデータベース情報が得られたため、この解析を中止した。一方、DNMT1が直接DNAをメチル化するのか精巣特異的なDNMT3Cの予期しない異所的活性を誘導することで間接的にDNAメチル化を誘導しているのか、検証する必要性が生じた。後者の場合、DNMT1は、単独でDNAにアクセスできないDNMT3Cと結合し、N末端を介してDNAへガイドしている可能性があった。そこで、2020年度は、塩基置換で酵素活性を失わせたDNMT1分子(DNMT1 CI)をTKO ES細胞で発現させ、新規メチル化活性が増加するか検討した。この結果は、今のところ、DNMT3Cの関与を否定するものであった。また、DNMT1はホモダイマーを形成して働きを変調している可能性が示されている。低い新規メチル化活性を持つN末欠損DNMT1の働きをDNMT1 CIがダイマー形成を介してレスキューできるか検討する。この目的達成のため、TKO+1 ES細胞にDNMT1 CIを導入した新たなトランスジェニック細胞を作製する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度はATAC-seqを実施する予定で前年度の予算を繰越したが、この外部委託を見合わせた。これは既存のデータベースからのデータで目的が達成されたためである。一方、本研究成果を広く周知するにはオープンアクセスに対応している雑誌への投稿が欠かせない。昨今のこの費用は25-50万円にのぼる。よって、この予算は本年度投稿する論文のオープンアクセス費用として使用する。また、新たなトランスジェニック細胞の作製のための細胞培養費用、特性解析のための抗体購入に多くの消耗品費を要する。この確保のために次年度繰越金を可能な限り捻出した。これにより、2020年における本研究の進捗が期待できる。
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