研究課題
本研究の目的は、遊離の D-グルタミン酸(D-Glu)の合成活性を有する酵素として最近同定した、ラット Glu ラセマーゼ(L-Glu と D-Glu の相互変換を触媒する酵素)の性質・機能の詳細を解明することである。平成 30 年度には、本酵素のオリゴマー構造、反応特異性、基質特異性、補酵素要求性、および補因子要求性を明らかにした。令和元年度は、大腸菌で発現させて精製したラット組換え Glu ラセマーゼを酵素標品として用いて、本酵素のラセマーゼおよびデヒドラターゼ(ヒドロキシアミノ酸の脱水による分解)反応それぞれにおける至適 pH ならびに至適温度、また、それぞれの反応において基質とするアミノ酸に対する動力学定数を解析した。その結果、ラセマーゼ(基質:L-Glu)およびデヒドラターゼ(基質:L-セリン[L-Ser])反応それぞれにおける至適 pH は 8.0 および 9.0 であり、至適温度はともに 45 度であることが明らかになった。また、ラセマーゼ反応における L-Glu および D-Glu、ならびにデヒドラターゼ反応における L-Ser、D-Ser、および L-スレオニン(L-Thr)に対する触媒効率は、それぞれ 0.034、0.022、31、0.15、および 25 min^-1・mM^-1 であることが明らかになった。次に、本酵素が生体内において D-Glu 合成酵素として機能しているかどうかを解析するために、哺乳細胞発現用ベクターに本酵素の cDNA 配列がクローニングされたプラスミドを構築した。引き続き、構築したプラスミドをヒト由来培養細胞株に導入し、薬剤選別後に形成された細胞のコロニーを単離することにより、本酵素を安定的に高発現する細胞株を樹立した。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究の開始当初における研究計画は、主に次の 2 つに大別される。すなわち、1 つは、(1)大腸菌で発現させて精製したラット組換え Glu ラセマーゼを酵素標品として用いて、本酵素の酵素学的性質・機能を解析することである。もう 1 つは、(2)哺乳類由来の培養細胞株を用いて、本酵素が細胞内および細胞外アミノ酸含量に与える影響を解析することである。また、上記(1)の具体的な研究計画は、本酵素のオリゴマー構造、反応特異性、基質特異性、補酵素要求性、補因子要求性、至適 pH、至適温度、および動力学定数を明らかにすることであった。一方、上記(2)の具体的な研究計画は、本酵素の発現レベルが抑制または亢進された哺乳類由来培養細胞株を樹立し、本酵素の細胞内および細胞外アミノ酸含量に与える影響を明らかにすることであった。平成 30 年度には、主に上記(1)の研究を進め、ラット Glu ラセマーゼのオリゴマー構造、反応特異性、基質特異性、補酵素要求性、および補因子要求性を明らかにした。令和元年度には、前年度に引き続き、上記(1)の研究を進め、本酵素の至適 pH、至適温度、および動力学定数を明らかにした。さらに、上記(2)の実験も進め、本酵素を安定的に高発現するヒト由来培養細胞株を樹立した。すなわち、計画していた研究全体の 75 ~ 80% 程度が進行したと思われる。したがって、本研究は「当初の計画以上に進展している」と考えられる。
令和 2 年度は、令和元年度に樹立した、ラット Glu ラセマーゼを高発現させたヒト由来培養細胞株を用いて、本酵素が細胞内において D-Glu 合成酵素として機能しているかどうかを解析する。また、D-Glu 以外のアミノ酸含量に与える影響も解析する。具体的には、上記の樹立した細胞を定法に従って一定期間培養し、細胞および培養上清それぞれを回収する。この際、回収した細胞は、すみやかに破砕する。引き続き、メタノールを用いた除タンパク後、遠心減圧乾固する。その残渣に含まれるアミノ酸含量を、当教室で既に確立・経験済みの、高速液体クロマトグラフィーを用いた分離・検出法により定量する。また、コントロールとして、本酵素を発現させていない細胞を用いた同様の解析も行い、それぞれの結果を比較することで、本酵素が種々のアミノ酸含量に与える影響を明らかにする。哺乳類では現在までに、D-Ser の合成酵素である Ser ラセマーゼ、D-Ser の分解酵素である D-アミノ酸オキシダーゼ、D-アスパラギン酸(D-Asp)の分解酵素である D-Asp オキシダーゼ、D-Glu の分解酵素である D-Glu シクラーゼ、および L-Ser と L-Thr の分解酵素である L-Ser デヒドラターゼが同定されている。また、本研究対象としているラット Glu ラセマーゼは、ヒトを含めた哺乳類で保存されている。そこで、本研究で用いたヒト由来培養細胞株における、これらの酵素の発現レベルを RT-PCR 法で解析する。これにより、各アミノ酸の細胞内ホメオスタシスにおける、Glu ラセマーゼも含めた各酵素の役割が詳細に判明すると考えられる。
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