研究課題/領域番号 |
18K06131
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
宮田 愛彦 京都大学, 生命科学研究科, 助教 (70209914)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | DYRK1A / WDR68 / WD40ドメイン / タンパク質キナーゼ / シグナル伝達 / 分子シャペロン / タンパク質間相互作用 / FAM53C |
研究実績の概要 |
ヒトクロモソーム21番にコードされるDYRK1Aは脳・神経系の発生および機能に重要なキナーゼで、その過剰発現はダウン症候群の主要原因の一つである。また、DYRK1Aの変異による機能不全が自閉症スペクトラム障害と強く相関すること、DYRK1Aとアルツハイマー型認知症とに密接な関連があること、DYRK1Aの発現量と注意欠如多動性障害(ADHD)に関連が見られること、DYRK1Aの欠損が精神遅滞症候群MRD7の原因であること、などが明らかにされた。従って、DYRK1Aはヒト脳の構造と機能に大きな生理的役割を持つと考えられる。これまでの研究でDYRK1Aの細胞内結合タンパク質として広範な種間でアミノ酸配列が高度に保存されたWD40リピートタンパク質WDR68(DCAF7)を同定した。またDYRK1A類縁キナーゼ(DYRK1A, DYRK1B, DYRK2, DYRK3, DYRK4)のうち、DYRK1BとDYRK4が、シグナル伝達キナーゼの構造と機能を保障する分子シャペロンHsp90/Cdc37と特異的に結合すること、Hsp90の特異的阻害剤geldanamycin・17-AAG・ganetespib処理によってDYRK1BおよびDYRK4からHsp90/Cdc37が解離すること、Hsp90阻害剤処理によって細胞内のDYRK1AとDYRK1Bの応答に顕著な差が見られることを新たに見出した。また、DYRK1Bは分子シャペロンと結合して複合体の核局在を引き起こすことも観察された。更に、DYRK1AとDYRK1Bに特異的に結合するFAM53Cを同定し、DYRK1Aを介してFAM53CとWDR68とが複合体を形成することも明らかになった。様々な細胞内タンパク質が同じファミリーに属するキナーゼの中から特定の分子を特異的に認識して各々のキナーゼ固有の細胞内機能を制御する可能性が考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究によって主要なDYRK1A結合タンパク質であるWDR68を同定するとともに、同じファミリーに含まれるDYRK1BおよびDYRK4が分子シャペロンHsp90およびそのキナーゼ特異的コシャペロンCdc37と複合体を形成することを明らかにした。また、相互に極めて構造の類似したDYRK1AとDYRK1BがHsp90依存性・Hsp90阻害剤応答性において顕著な相違を示すことを明らかにした。これらの結果の詳細は今年度学術論文(英文・査読有)として発表した。また、新たに別のDYRK1A結合タンパク質を同定しその相互作用の解析がWDR68との関連性を含めて順調に進行中である。今後、DYRK1Aファミリー分子の細胞内存在様式や制御機構の解明にタンパク質間相互作用ネットワークの観点からの新たな展開をもたらすと期待できる。近年、ヒトの精神・神経機能におけるDYRK1Aの広範な役割の重要性が明らかとなってきたことから、本研究成果は単に細胞生物学的・生化学的な意義に留まらず、広くヒト脳の精神機能の分子的基盤の解明に寄与する可能性がある。コロナ禍で幾つかの実験に想定以上の時間が掛かり、かつ予定されていたDYRK1Aに関する国際会議が数回に渡って延期されて国際学会での発表機会が得られないままである事が懸念点である。
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今後の研究の推進方策 |
ダウン症、アルツハイマー病、自閉症スペクトラム障害等との関わりから、DYRK1Aのヒト脳の精神機能における重要性が注目を集めている。しかし、DYRK1Aが細胞の中でどのように機能し、どのように制御されているかについては、未解明の点が多い。今後は、新たに見出したDYRK1A結合タンパク質FAM53Cの機能、WDR68とFAM53Cとの関係性、WDR68-DYRK1A-FAM53C三者複合体形成による機能制御に重点を置いて研究を進める。具体的には、FAM53Cがどのようなタンパク質と相互作用し、DYRK1Aの機能や細胞内局在、基質の認識やリン酸化にどのような影響を与えるのかについて、主にタンパク質生化学および細胞生物学的な観点から実験研究を進める。既にFAM53Cを認識する特異抗体の作成に成功し、今後の解析の有用なツールとして活用したい。また以前に同定したDYRK1A結合タンパク質WDR68とFAM53Cとの関連について調べる。手法としてはこれまで同様に哺乳類培養細胞を用いた解析を行なう他、それぞれのタンパク質を精製して用いる再構成系の構築を行なう。得られた結果から、ヒト脳の精神機能においてDYRK1Aを中心としてどのような分子群がどのような働きによって高次機能を制御しているのかについて、その分子的基盤に結びつくような視点をもたらしたい。コロナ禍のために延期が繰り返されているDYRK1Aに関する国際会議は今後開催が決定した場合にはその時点での状況を鑑みて可能な限り参加して成果報告を行なう。
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次年度使用額が生じた理由 |
本来研究計画最終年度に参加予定であったDYRK1Aに関する国際学会がコロナ禍の為に再三延期となったままで、そのために申請した海外出張の旅費・日当は全く使用していない。また、研究成果の一部をまとめた論文を本年度に発表したが、投稿料の不要なジャーナルであったため、計上していた投稿費用を引き続き本研究課題の実験研究遂行のために用いる。状況が好転して今後上記国際学会が開催される場合には参加し成果報告を行う予定である。
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