真核生物内でおこる多くの生命機能にとって、細胞内で物質が正しい方向へ輸送されることは非常に重要である。そのためには、微小管上においてそれぞれ逆方向への輸送を担っているキネシンと細胞質ダイニンの運動活性が適切に調節される必要がある。小胞の種類や輸送経路ごとに多種多様なキネシンが存在するのに対し、細胞質ダイニンは1種類でほぼすべての細胞質中での小胞輸送に対応しているため、細胞質ダイニンの活性調節が輸送方向決定の鍵を握ると考えられている。近年この分子機構として、ダイニン1 分子中に 2つ存在するモータードメインの配向が変化することによる活性調節モデルが提唱された。しかし、これまでにモータードメインの配向と運動活性を同時に計測した例はなく、このモデルの直接的な検証は進んでいない。そこで、本研究ではモータードメイン間の距離・配向を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)により計測する手法を構築した。まず、1 分子 FRET 計測を実施するため、モータードメインの特定部位に蛍光標識用タグを挿入した細胞性粘菌由来ダイニン重鎖組換え体を設計し発現・精製したところ、野生型ダイニン重鎖と同レベルの運動活性を保持していることが確認できた。蛍光標識されたダイニンモータードメイン断片の二量体を用いて 1 分子 FRET計測を実施し、モータードメイン間の距離が時間変動していることを示唆する結果を得た。また、先行研究による構造学的知見と同様に、モータードメイン間の距離は主として2つの状態を取り、その頻度はダイニンの ATP 加水分解部位に結合するヌクレオチド状態に依存して変化することが明らかになった。この結果は、ダイニンモータードメインのスタック状態・オープン状態を FRET 効率の変動として可視化できていることを支持するものであり、ダイニンの自己運動制御機構の直接的検証への足掛かりとなるものである。
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