研究課題
細菌は運動器官としてべん毛を持ち、べん毛の根元にあるモーターを反時計回り(CCW)または時計回り(CW)に回すことで、細菌は好ましい環境へ移動することができる。この可逆的に回転方向の切り替えられるモーターの回転方向の変換はべん毛モーター(基部体)の細胞質側に存在すCリング(スイッチ複合体)で行われる。申請者はべん毛の回転方向切り替え時に起こる回転制御機構を分子レベルで明らかにするために、野生型(ほぼCCW型回転を示す)とスイッチタンパク質の一つであるFliGの三残基欠失変異体(CW型回転を示す)の基部体を用い、クライオ電子顕微鏡による単粒子構造解析を行なってきた。本研究では追加のデータ収集と解析方法の検討により、両回転方向のCリング構造の高分解能化に成功した。得られたマップはスイッチタンパク質の一部の結晶構造を当てはめるのが可能なとなる7オングストローム分解能に到達した。Cリングを構成するスイッチタンパク質はこれまでにドメイン構造ならびに全長構造、一部複合体での結晶構造まで多くの構造解析がなされきた。今回我々が解いたCリングの構造にこれらスイッチタンパク質の結晶構造を当てはめ二状態のCリング構造の擬似原子モデルを構築した。両者の構造 はCリングの細胞質側の領域の構造は分解能が高く、スイッチタンパク質FliM、FliNのドメイン構造を非常によく当てはめることが出来た。それに対してCリングの細胞膜に近い側の構造は特に分解能が低く、このためFliGのM、C末端ドメインは大まかな配置を決定することができたがN末端ドメインはその配向に曖昧さを残っている。しかしながら得られた擬似モデルは二方向の回転状態でのCリングの構造変化を明確にとられており、これまでの生化学的、遺伝学的情報を照らし合わせながら二状態での構造変化とそれに伴う機能に関して考察できる。
3: やや遅れている
H30年度にデータの追加収集を行い、粒子抽出方法の改良と解析方法の再検討によりCCW、CW型のCリング構造は共に約10万粒子像から結晶構造の当てはめかが可能となる約7オングストロームまで改善した。両者の構造に既存の結晶構造を当てはめCリングの原子構造を構築した。Cリングの外筒の中間から下部領域 (細胞質側)の構造は1分子のFliM、と3分子のFliNのドメイン構造を問題なく当てはめることができた。Cリングの細胞膜に近い側の構造(内側のローブと外筒の上部分)は外筒中間から下部構造に比べると構造的に不安定で、全体構造の中で分解能が低い領域となっている。それでもFliG M、C末端ドメインとFliG Mドメイン複合体の結晶構造が外筒上半分にはよく当てはまるためFliGに関してはM、Cドメインの構造は大まかな配置を決定できた。しかし、内側のローブ構造は分解能が極端に低く確実に当てはめが行えるほどの分解能には到達していない。このためCリング複合体上でのFliG N末端ドメインの配向に関しては一部曖昧さが残っている。 このためR1年度は特にCリングの内側のローブ領域の分解能の向上をはかるためにこれまでのデータを用いて解析に使用するマスクの最適化や、内側のローブ領域に集中したクラス分け等を行い分解能の向上を目指したが現在のところ分解能改善には至っていない。R1年後半には当の研究室に高分解能のダイレクトディテクターを搭載した新しいクライオ電子顕微鏡が導入された。この装置を使用することで解析に用いる画像の質を向上することが可能であると考えられる。そこで現在分解能が低く構造の当てはめができていない領域の構造の分解能の向上を目指し、新たにデータを収集し、解析を進めている。
これまでの研究ではCCW型、CW型両者のCリングデータのさらなる収集と構造解析を再検討の結果、両者の構造は一部の領域を除き既存のスイッチタンパク質の原子構造の当てはめが可能な分解能に到達し、両者の擬似原子モデル構築とその構造を比較することが可能になった。しかしそれでも現時点の構造は領域ごとに分解能の違いが大きく、とりわけスイッチタンパク質FliGのN末端ドメインの割り当てには不十分であった。このため、今後はさらなる分解能の向上を目指して、さらにデータ収集を行い、分解能の向上に努め、Cリング中でのFliG N末端ドメインの正確な配向を決定したい。スイッチタンパク質FliMのMドメインC末端ドメインとFliNのC末端ドメインは既存の構造もあり、また現在の電顕構造で当てはめが完了している。しかし FliM、FliNのN末端領域の構造は他の手法でも解かれておらず、また我々の電顕構造中でもその領域に相当する密度が確認できていない。今後はこれらの領域の 構造が確認できるような構造解析を引き続き進めるために、これらの領域のホモロジーモデリングなどを行い、構造決定を進めていきたい。またFliMのN末端ドメインは反転シグナルであるリン酸化CheYとの結合により構造を取る可能性が示唆されており、現在の2つの状態のCリングの構造解析では可視化が難しいと思 われる。そこで今後はリン酸化CheY結合型Cリングの構造解析を同時に進めていく方針である。ただし、CheYは分子量が小さく、氷包埋像の中での検出が難しいと考えられ、リン酸化CheYの擬似変異体のC末端側に蛍光タンパク質YFPを融合した分子を用い、Cリングとの複合体を再構成し、構造解析を行う。これらの構造情報を合わせ、べん毛の回転変換機構を明らかにする。
H30年度にデータ解析用PCの購入を予定していたが、新しいGPUの発売が遅れ該当年度の購入が困難であった。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (9件)
Nature Commun.
巻: 113 ページ: 755-765
10.1111/mmi.14440
Biomolecules
巻: 10 ページ: 246
10.3390/bioml0020246
mBio
巻: 10 ページ: e00079-19
10.1128/mBio.00079-19
巻: 9 ページ: 462
10.3390/biom9090462