光化学系II蛋白質(PSII)の水分解反応に必須の塩素イオンの役割を解明するため、分子陰イオンに置換したPSII結晶の構造解析を行った。分子陰イオンとしてアジ化物イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン、酢酸イオン、4つの置換体の構造解析に成功した。それぞれ、塩素イオンから分子陰イオンに置き換わっていることを、塩素イオン由来の異常分散項差マップの消失、およびそれぞれの分子陰イオンの形状の電子密度マップを確認した。 分子陰イオンへの置換によって、塩素イオンに配位していたLys317残基が大きくフリップする構造変化を発見した。このLys残基の構造変化により、Asp61残基とLys317残基との塩橋構造が開裂していた。その結果、Asp61残基に結合していた水分子が消失しており、水分解反応中心Mn4Caクラスターから、PSIIの外へと通じる水素結合ネットワークが失わていた。これまで、塩素イオンの役割はプロトン排出機構と考えられていたことから、塩素イオンは水素結合ネットワークを保持しているLys残基とAsp残基との相互関係を維持するために、電荷状態を絶妙に支えていると考察した。 PSIIには2つ目の塩素イオン結合部位がMn4Caクラスターの近傍に存在している。この部位も分子陰イオンに置き換わっていたが、置換後には水分子も含めて大きな構造変化が起こっていなかった。塩素イオンを再補充すると活性が復活する原因は、塩素イオンによって繋ぎ止められている、D1サブユニットとCP43サブユニットからのMn4Caクラスターへの配位子が維持されているためと考察した。 これらの結果から、PSIIにおける塩素イオンの役割は、プロトン排出機構の経路となる水素結合ネットワークを維持しているLys残基とAsp残基の構造を維持し、また、活性中心Mn4Caクラスターの配位子構造を維持しているということがわかった。
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