研究課題/領域番号 |
18K06160
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
池谷 鉄兵 首都大学東京, 理学研究科, 助教 (30457840)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | NMR / 蛋白質立体構造 / 信号処理 / 常磁性効果 / ベイズ推定 |
研究実績の概要 |
本年度は,ベイズ推定を用いたNMR立体構造計算法を応用して生きた昆虫培養細胞(sf9)中での3つの蛋白質(GB1, TTHA1718, ユビキチン)の構造決定に成功した成果を学術専門誌 Angewandte Chemie 58, 1 (2019)に報告した.本成果は,真核細胞中でのde novo蛋白質立体構造決定としては世界初の例であり,本手法の有効性を示すことができた.GB1については,蛋白質側鎖原子も含め正確な構造決定が達成できた.解析の結果,GB1のαヘリックス領域の相対配置が,希薄溶液下と細胞内とで異なっていることが示唆された.また,Rasとカルモジュリンについては,高精度の立体構造決定には至らなかったものの,高感度の3D NOESYスペクトルの計測と,複数の原子間距離情報の取得には成功した.またNMRスペクトルパターンから,Rasはsf9細胞中でGDP結合型として存在しており,カルモジュリンは,Mg2+型として存在していることを明らかにした. 常磁性効果を用いた蛋白質構造解析法では,YUH1蛋白質の全体構造決定に成功した.これまでは,活性部位付近の構造の解析が不十分であったが,RDC, PCS, PREといった遠距離の構造情報の得られるNMRデータを計測・解析したことにより,この領域の解析精度が大きく向上した.これにより,YUH1のユビキチン切断の分子機構のモデルを提案できた.本研究は,現在学術雑誌への投稿を準備中である. また,常磁性効果を利用して,マルチドメイン蛋白質であるGRB2の溶液中でのドメイン配向を決定した.GRB2の全体構造は,すでにX線結晶構造解析により明らかになっているが,本研究により,溶液中での構造を決定し,2つの構造を比較したところ,結晶構造とは明らかに異なるドメイン配向を持っていることが分かった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
常磁性効果を用いた立体構造計算手法の開発では,これまでに開発してきた手法を複数の蛋白質に応用する段階に有り,いくつかの成果が出始めている.特に,マルチドメイン蛋白質のドメイン配向決定の研究プロジェクトについては,GRB2やポリユビキチンの研究が進んでいる.まだ複数の検証実験が必要なものの,大まかなドメイン配向分布が明らかになりつつある.よって,常磁性効果を利用した構造解析法の研究は,概ね予定通り研究が進捗している.また,前年度までの研究プロジェクトで開発を行った,ベイズ推定を用いた立体構造計算手法については,昆虫の培養細胞中での蛋白質構造決定に応用した成果を学術誌上で発表した. 新規信号処理法の開発では,現在,2次元のNMRスペクトルのみに適用可能な暫定的なプログラムではあるが,基本的なプログラムの骨格は完成した.この新規プログラムを用いて,2次元HSQCスペクトルの再構成を行ったところ,これまで我々のグループで開発してきた最大エントロピー法を用いた方法と比べて,疑似ピークが出にくく,スペクトルの再現性が良いことが分かった.現在,より高次元のスペクトルにも本手法を適用可能な形に改良中である. 以上より,立体構造計算手法の開発では特に応用面について,また,信号処理法の開発ではプログラムの骨格部分の開発の成功という点において,それぞれ進捗が見られており,概ね研究計画通りに進行中である.
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今後の研究の推進方策 |
常磁性効果を利用した立体構造計算手法の開発では,常磁性緩和効果の1つであるpseudo-contact shift (PCS)について,再帰的な繰り返し計算により計算精度を向上させる手法の開発に成功している.今後は,この手法を実際の蛋白質に応用し,これまで高精度の構造解析が難しかった系に適用させる.ベイズ推定を用いた立体構造計算は,NMRのNuclear Overhauser Effect (NOE)データへの適用はすでに達成しているが,もう一つの常磁性緩和効果である,paramagnetic relaxation enhancement (PRE)データへの適用がまだ進んでいない.本年度は,この実装を進める. 新規信号処理法の開発では,現在のプログラムは,2次元のNMRスペクトルのみに適用可能な暫定的なものであるため,これをより高次元のスペクトルにも適用可能な汎用的な手法に拡張する.この手法を,複数のシミュレーションデータと実測データに適用し,従来法と性能比較を行うことで,本手法の有効性を検証する.
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次年度使用額が生じた理由 |
蛋白質調製に必要な実験試薬の購入が,予定より安価に済んだため,一部次年度に繰り越すこととした.繰り越した予算は,実験試薬等の消耗品の購入に充てる予定である.
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