研究課題/領域番号 |
18K06182
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
秋山 昌広 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (80273837)
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研究分担者 |
大島 拓 富山県立大学, 工学部, 准教授 (50346318)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ゲノム複製 / DNA複製フォーク / 複製遅延 / ゲノム不安定性 / チミン飢餓死 / ヒストン様タンパク質 / 鋳型スイッチ / 染色体高次構造 |
研究実績の概要 |
チミン飢餓による細胞死は約60年前に大腸菌で発見され、その後、他の微生物や真核生物でも同定された。チミン合成の阻害によって複製フォークを止めてチミン飢餓死を誘導する薬剤は、抗がん剤治療や尿路感染症治療での第一選択薬として用いられている。しかし、その細胞死を生じる機構は、真核生物でも微生物でも謎である。 複製フォークの動態は、微生物でも真核生物でも未解明である。その解析は大腸菌で非常に困難であった。研究代表者は、細胞内の新生DNA鎖を解析する独自の実験法を開発して、大腸菌の複製フォーク動態をゲノム全域に渡って研究できる道を世界に先駆けて切り開いた。その結果、チミジン不足状態の細胞のDNA複製において、(1)複製フォークが200kbのゲノム領域(FTZ)で遅延し、その領域がチミン飢餓死で消失するゲノム領域と相関すること、(2) FTZの新生DNA鎖において、逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成が亢進すること、さらに、(3)ヒストン様タンパク質H-NSの結合部位の密度が高い領域がFTZと相関することを見出した。 これらのことから、染色体高次構造での複製停止と、その時の逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成がチミン飢餓死に関係する可能性が示唆された。そこで、研究代表者は、「チミン飢餓では、染色体高次構造によりFTZで複製が遅延し、逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成からゲノム消失を生じて、細胞が生存力を失う」という新しい仮説を立案した。本研究では、この仮説を検証して、チミン飢餓時の細胞死の機構を解明する。平成30年度の研究では、(1)H-NSがチミジン不足状態におけるFTZでの複製フォーク遅延に関与すること、また、(2)チミジン不足状態だけでなくチミン飢餓時にも、逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成を実際に生じていることを支持する結果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)FTZでの複製遅延とH-NSタンパク質の関係:通常のチミジン濃度における新生DNA鎖をゲノム全体で解析して、大腸菌ゲノムは複製フォークの進行具合によって4つのドメイン(パッセージ)に分割されることを発見した。このうち、複製ゲートウエイと名付けた二つのパッセージ領域は、FTZとほぼ重なった。この結果は、チミン欠乏時に複製フォークの進行が特定の染色体領域で遅延することを示唆する。 (2)複製ゲートウエイ領域では、複製フォークが進行するにつれて複製フォーク停滞の頻度が上昇し、その上昇パターンはH-NSタンパク質の結合部位の密度上昇パターンとほぼ一致した。この結果は、複製遅延にH-NSタンパク質が関与する可能性を支持した。そこで、H-NSタンパク質を欠損した細胞を解析したところ、複製遅延は少なくとも複製ゲートウエイ領域(FTZ)の一部で消失していることが明らかとなった。この結果は、複製フォーク進行を遅延させる染色体構造の形成にH-NSタンパク質が関与することを強く示唆する。 (3)チミン飢餓時の異常なDNA合成:これまでに、チミジン不足時に逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成の亢進が見出された。逆向き反復DNA配列での鋳型スイッチによる異常なDNA合成は、配列置換変異と呼ばれる特殊な突然変異を誘発する。そこで、逆向き反復DNA配列での配列置換変異を容易に検出できるlacZ変異遺伝子(FTZ外に位置する)を持つ細胞を構築した。この細胞をチミン飢餓状態に短時間さらすと、実際にlacZ変異遺伝子の逆向き反復DNA配列で配列置換変異の発生頻度が上昇することを明らかにした。この結果は、チミジン不足時だけでなく、チミン飢餓時にも確かに逆向き反復DNA配列での異常なDNA合成を生じていることを示す。
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今後の研究の推進方策 |
(1)チミン飢餓時と非飢餓時に、H-NS欠損細胞の複製フォーク動態を次世代シークエンサー等を使ってゲノム全体で解析する。これらの複製フォークの動態解析から、複製ゲートウエイ領域(FTZ)での複製フォーク遅延とH-NSの関係を明らかにする。さらに、複製ゲートウエイ領域(FTZ)の染色体高次構造を高感度なHi-C法を使って解析する。 (2)ヒストン様タンパク質H-NSはホモ二量体を形成するだけでなく、他のヒストン様タンパク質と相互作用してヘテロ複合体を形成し、多様な染色体構造に関与する。そこで、H-NSと相互作用するヒストン様タンパク質の欠損変異株で複製フォーク進行を解析して、FTZ領域での複製フォークの進行遅延にホモ二量体が関係するか、あるいはヘテロ複合体が関係するかを明らかにする。 (3)鋳型スイッチによる配列置換変異を容易に検出できるlacZ変異遺伝子を、複製ゲートウエイ領域(FTZ)に挿入して、チミン飢餓時に複製ゲートウエイ領域の鋳型スイッチが他のゲノム領域と比べて亢進するかを明らかにする。さらに、複製ゲートウエイ領域で複製遅延しないH-NS欠損細胞を用いて、チミン飢餓時の配列置換変異と細胞死を解析し、H-NSによる染色体構造が鋳型スイッチやチミン飢餓死と関係するかを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
3C法(Chromosome Conformation Capture)は、染色体で三次元的に近接しているDNA領域を次世代シークエンサーで解析して、染色体高次構造を明らかにする方法である。本研究では、チミン飢餓時と非飢餓時の大腸菌ゲノムの染色体高次構造を3C法で解析し、チミン飢餓時に特異的な構造がFTZ領域で形成されるかを解析する。しかし、FTZ領域での複製フォーク停止にヒストン様タンパク質H-NSが関与していることが初年度に明らかとなったので、高精細な染色体高次構造を解析できる3C法(Hi-C法)に実験計画を変更した。そのため、次世代シークエンス解析を用いた染色体高次構造の解析を初年度に行えなかった。次年度に繰り越す経費の大部分は、この次世代シークエンス解析に用いる。
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