研究課題
本課題では、ヒト臨床検体(正常・炎症・癌組織)の遺伝子発現情報から、組織内に含まれる細胞群の混合率を推定するアルゴリズムを開発する。例えば、抗PD1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害剤では、癌組織に浸潤している免疫細胞(マクロファージ、NK細胞、T細胞、B細胞など)の違いも重要になると考えられる。治療法の選択においては癌細胞だけでなく間質細胞も細分化して解析し、各細胞の割合を定量的に算出することが必要となる。そこで、細胞種が混在した正常・炎症・癌などの組織の発現パターンを公共データベースから入手し、機械学習の一つである「教師なし学習」を用いて、各細胞群のリファレンスとなる発現パターン(リファレンス発現パターン)とそれらの混合比を検体ごとに推定する。さらにリファレンス発現パターンを用いて、新規に得られた検体の発現プロファイルに対して細胞群の混合比を算出し、研究者に提示するようなウェブシステムを構築する。2019年度末までの実績としては、まずアルゴリズムの方向性や前処理のパラメーターの評価・検討を行うため、既知の割合で混合したラット組織の公開発現データによる予備解析を実施した。その際、当初想定していた非負値行列因子分解(NMF)のみならず、非負値主成分分析(nsprcomp)や非負値スパース累積主成分分析(nscumcomp)などの類似手法による追加検討を行った。また、TCGA (The Cancer Genome Atlas)にて公開されている肝細胞癌、乳癌、肺癌などのRNA-seqの発現情報を用いて、それぞれのがん種における細胞種の共通パターン推定を行った。本年度はそれぞれのリファレンス発現パターンの生物学的意義の解釈を進めるとともに、がん横断的な類型パターンの収集とカタログ化を目指した。
2: おおむね順調に進展している
2019年度末までの段階で、主に細胞種の混合率を推定するアルゴリズムの検討を行った。本研究では公開されたRNA発現データを使用するが、公開データのヒト臨床検体では細胞種の混合率の情報を得ることが困難である。そのため、あらかじめ混合率が分かっているデータをもとに、予備解析と評価を進めた。現在、TCGA (The Cancer Genome Atlas)に収載されている肝細胞癌、乳癌、肺癌のデータを用いて、それぞれのがん組織に含まれている細胞種のリファレンス発現パターンの収集を進めている。nsprcompとNMFの2つの手法を用いて検討を進めており、大別すると(A) 組織ごとの正常細胞由来と考えられる発現パターン、(B) 腫瘍細胞由来と考えられる細胞周期関連遺伝子の亢進を含むリファレンス発現パターンと、(C) 免疫細胞由来と考えられる炎症系の遺伝子群の亢進を含むリファレンス発現パターン、の3つの主要なパターンとなっている。一方、乱数の初期値の揺らぎやパラメータなどによって、存在比が少ないと考えられる細胞種(おおむね3~4番目以下)の再現性が低いことが課題となっている。このため、特徴抽出を複数条件で行い、条件間で類似したリファレンス発現パターンの出現頻度やその生物学的意義を検討することで、揺らぎの中でも安定的に見いだされる各細胞に固有の発現パターンであるリファレンス発現パターンの収集・分類とカタログ化を進めている。
2020年度末を目途に、最終的なリファレンス発現パターンから、解析対象とした全ての癌検体に対して細胞種の割合を計算し、公開データとして準備する。また公開用サーバーをクラウド環境で構築するとともにウェブ・アプリケーションを開発し、2021年の公開を目指す。開発環境としては統計処理言語Rをベースとしたウェブ・アプリケーション開発環境であるShinyを利用する予定である。
2020年度は、計算機の保守部品・故障対応や計算アルゴリズムによるハードウェア構成の再検討などが発生する可能性があるため、残予算をメモリもしくはストレージ(ハードディスク・SSD)に適切なバランスで振り分け、計算のために適した構成変更を行うための原資とする予定である。
すべて 2019 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 1件) 備考 (1件)
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