研究課題
正常線維芽細胞(以後、正常細胞)は一度遊走方向が決まると長時間にわたってその方向を維持することができる。遊走が停止していると考えられていたコンフルエント状態においてもこの性質は維持され、正常細胞は巧みにすれ違いながら動き続けられる。本研究では、正常細胞のこの強固な方向持続的遊走を可能にする分子メカニズムを明らかにすることを目的とし、今年度は以下の結果を得ることができた。(1) 正常細胞としてヒト胎児肺由来のWI-38細胞を用いた。Wound healing assayにおいて、スクラッチ面に対して平行に配向したWI-38細胞集団は元の遊走方向を維持し続けスクラッチ面に侵入しなかった。同状態の細胞にY-27632( Rho-kinaseの阻害剤)を添加しミオシンIIの調節軽鎖(RLC)のリン酸化(活性化)を阻害すると、スクラッチ面に向かって遊走し始めることがわかった。この時、2P-RLC(Ser19に加えてThr18もリン酸化された状態)が完全に消失していたことから、正常細胞の方向持続的遊走における2P-RLCの重要性が示唆された。(2)WI-38細胞と、その不死化細胞株のWI-38 VA13細胞の細胞骨格画分をそれぞれ分画し、LC/MS/MS解析によってタンパク質の同定・比較定量を行なった結果、細胞骨格と細胞接着にかかわるタンパク質は不死化によって減少することがわかった。その中で、LIM domain only protein 7 (LMO7)とTalin-1に注目し、WI-38細胞を用いてそれらの特異的siRNAによるノックダウン実験を行ったところ、継代数の多い比較的細胞老化が進んだ細胞で、WI-38 VA13細胞に似た丸みを帯びた形態に変化することがわかった。LMO7とTalin-1が正常細胞に特有の線維状の形態形成に重要である可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
正常線維芽細胞(正常細胞)の強固な方向持続的遊走には、細胞骨格や細胞接着にかかわるタンパク質が関与すると予想される。今年度、正常細胞(WI-38)と不死化線維芽細胞(WI-38 VA13)の間で存在量の異なる細胞骨格因子を、プロテオーム解析によって同定・比較定量を行い、いくつかの興味深いタンパク質(正常細胞において10倍以上存在量の多かったタンパク質が14個)を同定した。その中で著しく存在量の差が大きい(WI-38細胞の方が77倍多い)タンパク質として同定したLIM domain only protein 7 (LMO7)のsiRNAによるノックダウンは、WI-38細胞の形態をWI-38 VA13細胞に似た丸みを帯びた形態に変化させた。興味深いことに、この変化は継代を繰り返し細胞老化が進んだ細胞において顕著に見られた。LMO7はアクチン骨格と細胞間接着因子を結びつける機能が報告されている。また、ヒトの肺腺癌において発現量が減少していることも報告され、LMO7は正常細胞において特異的な機能を持つ可能性が期待できる。Talin-1とTalin-2がWI-38細胞でどちらも約10倍多いタンパク質として同定された。WI-38細胞のTalin-1をsiRNAによりノックダウンすると、細胞老化が進んだ細胞において少し丸みを帯びた形態に変化したことから、その正常細胞の形態形成における機能が示唆された。Dictyosteliumにおいて、2種類のアイソフォームのTalin AとTalin Bが遊走時にそれぞれ後方と前方に局在することが報告されている。それらのホモログであるTalin-1とTalin-2が正常細胞の方向持続的遊走において重要な役割をしている可能性が考えられる。細胞老化と不死化における形態変化という新たな視点も見出せており、本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
今年度の結果を踏まえて、今後は以下のように研究を進めていく予定である。(1) LMO7、Talin-1、Talin-2の正常線維芽細胞(正常細胞)の形態形成と遊走における役割を明らかにする。①正常細胞の遊走時におけるそれらの局在を蛍光抗体染色およびEGFP等を融合したタンパク質の発現により解析する。②単独時とコンフルエント時におけるそれらのノックダウン細胞の遊走挙動をタイムラプス観察により解析する。③それらのノックダウン細胞のアクチン骨格、微小管、接着斑の状態を解析する。④細胞老化過程におけるそれらの発現量の変化を解析する。(2) 正常細胞の形態形成と遊走における非筋細胞ミオシンII (NMII)の役割を明らかにする。特にNMIIの活性化状態(調節軽鎖(RLC)のリン酸化状態)とアイソフォームの違い(NMIIAとNMIIB)に注目する。①RLCの擬似リン酸化や非リン酸化変異体を正常細胞に発現させ、単独時とコンフルエント時におけるそれらの遊走挙動をタイムラプス観察により解析する。②同様の解析をNMIIAとNMIIBのノックダウン細胞についても行う。コンフルエント時の遊走挙動を解析するためには、コンフルエント状態の細胞集団内にノックダウン等を行った細胞(変異細胞)を混合して観察する必要がある。今年度も少し試みてはみたがうまくいかなかった。対象とする細胞が正常細胞なのでstable発現株を作ることができないという不利な点があるが、今後、正常細胞と変異細胞の細胞数の割合、混合するタイミング等を検討し、その培養条件を確立したい。また、正常細胞と不死化細胞の混合培養を行い、コンフルエント時の正常細胞の挙動が正常細胞同士の細胞間の接触によるものなのかを検討する。さらに、WI-38以外の正常細胞を用いて上記と同様の実験を行い、得られた結果の一般性を確かめたい。
268円で購入できる必要な消耗品がなかったでの、次年度に持ち越した。
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