研究課題/領域番号 |
18K06231
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
川内 敬子 甲南大学, フロンティアサイエンス学部, 准教授 (40434138)
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研究分担者 |
岩根 敦子 国立研究開発法人理化学研究所, 生命機能科学研究センター, ユニットリーダー (30252638)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | がん / p53 / アクチン / 核 / 抗がん剤 / DNA損傷 |
研究実績の概要 |
がん細胞が成育する基質の硬さは、抗がん剤感受性に影響を及ぼす。これまでの研究で、生育している基質が柔らかい方が、癌抑制遺伝子産物p53の活性は低くなるために抗がん剤感受性が低下することを、ヒト乳がんMCF細胞を用いて証明してきた。さらにこの際に、核内で見られる新規アクチン線維構造:核アクチンファイバーの形成が誘導されることを見出してきた。核アクチンファイバーの機能は新規構造であるが故に不明である。本研究では、核アクチンファイバーの機能および形成分子機構を解明し、それを標的として化学療法の効果を高める新たな治療法への応用を目的とした。 はじめに、硬い基質上で培養した細胞を用いて、抗がん剤処理で誘導される核内外のアクチン線維構造に及ぼすp53の役割を解析した。その結果、抗がん剤処理で誘導される核アクチンファイバーの形成は、p53機能の欠損が重要であることが分かった。一方で、抗がん剤処理でp53が活性化されると、細胞膜の裏打ちにアクチン線維が集積し、ミオシンの異常な活性化に伴って小胞(ブレブ)の形成が誘導されることが分かった。このことから、p53は細胞膜でブレブの形成を誘導するが、核内ではアクチンファイバーの形成を抑制することが示された。次に、これらアクチン線維構造のアポトーシスにおける役割を調べたところ、ブレブはアポトーシスを促進する機能、核アクチンファイバーはアポトーシスを抑制する機能を有していることが示唆された。以上より、核アクチンファイバーの形成を阻害することで抗がん剤感受性を増強できると考えられる。 また本研究では核アクチンファイバーの構造解析も目標としている。光-電子相関顕微鏡(CLEM)法を用いてTEMによる2Dでの核アクチンファイバーの構造を解析した。その結果、アクチン線維が高度に束化しており、束化したアクチン線維が分岐していることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、抗がん剤による核アクチンファイバーの形成の意義およびp53による形成抑制機構の解明を試みた。p53が活性化される条件では細胞膜のブレブの形成が促進され、アポトーシスが誘導された。一方で、ノックダウンやドミナントネガティブ変異体を用いてp53の機能を抑制すると、細胞膜のブレブの形成は見られないが、核アクチンファイバーの形成が促進された。核アクチンファイバーの形成を、アクチン制御分子FMN2のノックダウンで抑制すると、抗がん剤によるアポトーシスは顕著に増強された。したがって、核アクチンファイバーは、アポトーシスを抑制する機能を有していると考えられる。現在、核アクチンファイバーによるアポトーシス抑制機構の解明を進めている。 また本研究では、電子顕微鏡による核アクチンファイバーの3D高分解能観察を目標としている。核のアクチン線維を電子顕微鏡法で観察した例がない上、FIB-SEMを用いたアクチン線維構造の解析方法は確立されていない。そこで本年度は、TEMを用いてCLEM法により核アクチンファイバーの観察を試みた。その結果、核アクチンファイバーの太さは、200 nm程度であることが示された。1本のアクチン線維の直径が7 nmであると考えると、30本程度のアクチン線維が束化していると考えられる。また、束化したアクチン線維が分岐した構造をとることも確認された。現在、染色条件をさらに改良し、核アクチンファイバー構造と同時にクロマチン構造が観察できるか実験をすすめているところである。以上より、目標とするところまで達成したと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
核アクチンファイバーによるアポトーシス抑制の分子機構を明らかにする。核アクチンファイバーが形成されるのはp53機能が欠損した細胞であることから、p53によるアポトーシス誘導機構は存在していない。つまり、核アクチンファイバーはp53非依存的なアポトーシス誘導機構を阻害していることを示している。そのため、p53の機能が欠損した細胞にFMN2をノックダウンすることで、核アクチンファイバーの形成を抑制した条件で、抗がん剤処理で活性化されるアポトーシス誘導機構を明らかにする。さらに、明らかにしたアポトーシス誘導機構を核アクチンファイバーが、どのように制御するのかアクチン結合タンパク質の活性や動態を調べることで分子機構の解明を試みる。 これまでの知見から、核アクチンファイバーは、核構造やクロマチンの構造の制御を介してさまざまな遺伝子の発現を調節していると考えられる。このため、核アクチンファイバーとクロマチンの空間的位置関係を解析することは重要な意義をもつ。核アクチンファーバーとともにクロマチン構造が観察できる条件を検討し、光学顕微鏡を用いて核アクチンファイバーの形成している細胞と形成していない細胞を特定することで、核アクチンファイバーがクロマチン構造に及ぼす影響についても2Dおよび3D高分解能観察を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度まで当該研究に関連する研究テーマで学内の競争的資金が獲得できたため、消耗品費などの使用額が少なく済んだ。また、論文の掲載料の支払いが年度を超えたことも使用額が少なくなった原因となった。次年度は研究を一層加速することが必要であるため、引き続きイメージング解析の実績を有する研究員を雇用するための謝金を計上している。さらに、得られた研究成果を発表する論文の掲載料や共同先での実験を行うための旅費も計上している。細胞イメージング用のガラスボトムディッシュや細胞培養で使用する血清などは購入する必要があり、物品費として使用する予定である。
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