研究課題
我々は、内的・外的ストレスに絶えず曝されており、生体内の各組織では、異物侵入や軽微な損傷が頻繁に生じているが、生来、我々の体内には免疫応答や組織修復機構が備わっており、このようなストレスに対しても生体恒常性を維持し得る。生体恒常性の維持には多様な細胞シグナル伝達経路が関わっていることが知られており、その多くが生体内で厳密な制御下にあると想定されるが、ひとたび破綻に陥ると、慢性炎症やがんなどの重篤な疾患を引き起こす諸刃の剣となる。それでは『本来生体恒常性の維持するべきシグナル伝達経路が破綻する端緒・過程とはどの様なものか』。我々はこの主問題を追求する上で、がん、組織再生に関わるHippo経路エフェクターYAP/TAZの制御機構に関わる因子の解析を行なっている。新学術領域分子プロファイリング支援が提供する標準阻害剤キットを用いたシグナル経路の解析として、イオノフォア、オートファジー阻害剤がYAP/TAZの活性を阻害し、DNA障害誘導剤やJAK阻害剤が活性化することを新規に見出し、これらの成果をまとめた論文を投稿中である。さらに、ヒトキナーゼ、ヒトホスファターゼsiRNAライブラリーのスクリーニングにより、フコシル化糖鎖修飾の基質量を制御するキナーゼ、低栄養で活性化されるキナーゼ、炎症反応により活性化されるIRAKキナーゼ、リン脂質代謝制御ホスファターゼ等がYAP/TAZの活性化に必須であることを見出し、機能阻害・過剰発現の両面からYAP/TAZへの作用点を解析中である。また、興味深いことに、IRAKキナーゼに焦点を当てた解析中に、IRAKキナーゼはYAP/TAZだけではなく、線維化・発がんシグナルであるWnt/β-カテニン経路の活性化に密接に関与していることも見出したので、これらの分子機構の研究も進める。
2: おおむね順調に進展している
内在性YAP/TAZの活性を定量化・視覚化できるレポーターシステムを開発し、多様なシグナル伝達阻害剤を集めた標準阻害剤キットを用いたスクリーニングを行い、各種シグナル伝達経路がその活性制御に関与することを明らかにした。現在それらをまとめた論文を投稿中である。iRNAライブラリーのスクリーニングにより同定され、我々が注目している遺伝子の解析に関しては、機能阻害・過剰発現の両面からYAP/TAZへの作用点を解析するため、ドキシサイクリン(Dox)誘導型のshRNAやcDNAと、YREレポーター定量システムを同時に遺伝子導入したヒト細胞株を樹立した(Dox・YRE細胞)。結果、どの遺伝子に関しても、過剰発現はYAP/TAZの活性を変化させなかったが、shRNAによる機能阻害では、レポーター遺伝子と内在性標的遺伝子共に大幅な低下を確認した。今後さらに機能阻害下でのHippo経路関連因子への作用点を解析していく。また、本研究で同定されたIRAKは自然免疫・炎症性シグナル伝達経路であるToll様受容体(TLR)/IL-1R経路のシグナル伝達に必須のキナーゼである。IRAKの過剰発現実験において、YAP/TAZのレポーター遺伝子に変化は見られなかったが、比較対象として用いたWnt/β-カテニン経路の活性化の指標となるTOPFLASHレポーターを大幅に活性化させることを見出した。さらに研究を発展させたところ、これまでにいくつかのがん種で見つかった体細胞変異がβ-カテニンの活性化を増強させ、IRAKの上流リガンドであるIL1βがIRAK依存的にβ-カテニンを活性化できることを確認した。そこで、炎症性シグナルによるIRAK1を介したβ-カテニンの恒常的活性化が、慢性炎症での線維化・がん化・悪性化の原因であるという仮説を立て、本研究を発展させる。
I. YAP/TAZ制御因子の解析: 特に、YAP/TAZ活性制御に大きなインパクトを持ち新規性が高い遺伝子はその機能を生体内で検証する。Dox・YRE細胞を、免疫不全マウスに移植するゼノグラフトによって腫瘍形成能や、腫瘍サイズあたりの腫瘍内のYAP/YAZの活性化頻度を検討する。必要に応じて、移植先のホストの栄養状態や炎症性サイトカインのレベルを変化させ比較検討する。II. IRAKによるβ-カテニン制御の解析:上流リガンドに及び、IRAKによるβ-カテニンの活性化機構の解明を目指す。特にWnt/β-catenin経路因子であるDvl2との機能的相乗作用、β-カテニン抑制複合体構成因子のAxin1やGSK3βへの機能的抑制作用に注目して、解析を進める。I、IIの研究より、興味深い因子は機能欠損もしくは組織特異的機能亢進マウスを作製し、胎生期および成体における形態形成変化、細胞増殖/細胞死、組織線維化、自然腫瘍形成率を検討する。また、薬剤によって細胞障害や炎症を起こした肝臓や小腸、動脈結索を受けた心筋などの障害組織における組織再生能や、発がん剤(DMBA+TPA)やDNA障害等の発がんストレス下での腫瘍形成率等と、YAP/TAZやβ-カテニンの活性化との関連性を検討する。遺伝子改変マウスの作成にあたっては、CRISPR/CAS9システムを利用し、Rosa locusに目的遺伝子を導入するコンストラクトや遺伝子欠損をさせるためのツールはすでに準備済みである。IIに関しては、活性型IRAK1を組織特異的に発現するRosa26-FSF-活性型IRAK-IRES-GFPの遺伝子導入マウスの作成を開始し、今後その表現型をヒト慢性炎症の病態と関連づけて解析し、ヒト慢性炎症合併病態を示すモデルマウスの樹立を目指す。
本年度の割り当て額はほぼ使用したが、翌年度分と合わせて本研究でのマウスの解析に使用する。
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Sci Adv.
巻: 18 ページ: eaay3324
10.1126/sciadv.aay3324.
https://www.uoeh-u.ac.jp/University/dept/medicine/seika.html