研究課題
植物は常に周囲の環境からストレスを受け、ストレスに対応するためにエネルギーを消費している。ストレス耐性と成長はトレードオフの関係にあり、限られた エネルギーをどの程度ストレス応答に使い、どの程度成長に使うのか、このバランス制御は重要である。従ってこの分子制御機構の全体を理解することは、植物 の生存戦略の本質的なしくみを理解することになる。しかしこの制御機構は複雑でありその分子実態の全体像はまだよくわか っていない。 コケ植物ヒメツリガネゴケにおいて、細胞周期エンジンの中核をなすサイクリン依存性キナーゼPpCDKA (Physcomitrella patens CDKA) に着目し、その遺伝子 破壊株を作成したところ、通常の栽培環境下では致死とはならず、ほぼ正常に成長することを見出している。ところがこの遺伝子破壊株は高温、乾燥などに対す るストレス感受性が著しく亢進しており、細胞が極性を失い球状に変化しその後死に至ることを見出した。またABAにも高感受性を示すことを見出した。これら の結果は、CDKAが外界からの環境ストレス応答に重要な役割を持っており、環境ストレスに対して過剰なストレス応答が起こらないように抑制していることを示 していた。 そこで本研究では、CDKAによるストレス応答の制御メカニズムを研究しその分子基盤の解明を目指し、植物の重要な生存戦略 の1つ、成長とストレ ス応答のバランス制御の新しい局面を明らかにすることを目的とする。本年度は、より広範なストレスに対してこの遺伝子破壊株の応答を調べたとともに、CDKA のターゲットでありストレス応答制御に関わる可能性の考えられる新たな因子の探索を試みた。特に遺伝子破壊株と野生株を過重力ストレス環境下で培養したところ、仮根の伸長に顕著な差が認められたため、仮根の遺伝子発現の差に注目し、有意な発現変動遺伝子の中からストレス応答に関わるものの探索を開始した。
2: おおむね順調に進展している
(1)昨年度に引き続き複数のストレスに対するcdka遺伝子破壊株の応答を調べた。その結果、CDKAが高温馴化の制御に関わる可能性が得られたが、再現性のある結果を得られなかった。また乾燥ストレスに対する応答性を定量的に評価しようと試みたが、ばらつきが多くやはり再現性に検討の余地が残った。この一方で、遺伝子破壊株を過重力ストレス下で栽培したところ、野生型に比べて仮根の伸長に有意な差が見られた。また茎葉体の成長も野生型に比べて遅延していることなどを見出すことができた。 (2)そこで、CDKAのリン酸化ターゲットとなる基質を探索するため、野生型とcdka破壊株でリン酸化状態の異なるタンパク質を質量分析系により同定した。また昨年度リスト化したCDKAと共沈すると考えられたタンパク質のそれぞれから過重力ストレスや過重力反応、その時の形態変化を説明できそうなタンパク質を文献やドメインを調べることにより探索した。こうして選抜した候補遺伝子の破壊株の作成を進めている。(3)さらにcdka破壊株と野生株で仮根の伸長に差が見られたので、仮根の頂端細胞に特化した発現変動遺伝子の網羅的に解析ができる実験系を構築し、研究を進めることができた。
(1)主に過重力ストレスに着目して、野生型ヒメツリガネゴケとPpCDKA遺伝子破壊株の応答の違いを詳しく調べる。特に仮根の伸長や茎葉体の成長に違いを生み出した原因となる遺伝子群の同定を試みる。 (2)昨年度までのリン酸化プロテオーム、免疫沈降および質量分析法により同定したCDKAのターゲット候補のリストより選抜したもののいくつかの遺伝子破壊株を作成する。 (3)遺伝子破壊株と野生株を過重力ストレス下で培養し、その表現型を調べる。また過剰発現体を作成しその表現型を過重力ストレスの時の表現型と比べる。(4)これらの解析を通じて、ヒメツリガネゴケにおいてPpCDKAが過重力ストレスにどのように関わり、またこのような環境ストレス応答をどのように制御するのか、その分子メカニズムや分子経路を考察する。
ppCDKA遺伝子破壊株において、高温馴化、乾燥ストレス、高温ストレス、塩ストレス、過重力ストレスなど複数のストレス応答を調べ、それらの応答性を定量的に評価することをしつこく試みたが、多くの場合、十分な再現性を得ることが困難であった。このため当初使用予定であった分子遺伝学的解析に使用予定の消耗品などの使用予定が遅れた。本年度は、これらの中でもより興味深い形態変化を示した過重力ストレスに的を絞り当初の遅れた分を取り戻し、分子遺伝学的解析を進める。このために翌年度文として請求した助成金をその計画にしたがい合わせて使用し、研究を進める。
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https://www.sci.hokudai.ac.jp/PlantSUGOIne/publication/