さまざまな生物のシグナル伝達機構において、サイクリックAMP(cAMP)がセカンドメッセンジャーとして機能しているが、植物ではcAMPの生理機能は明確に示されていないなか、私たちの研究グループは、新奇のcAMP合成酵素(CAPE)をゼニゴケから発見した。CAPEはゼニゴケのみならず、精子を用いて有性生殖を行う緑色植物に保存されており、CAPE遺伝子がゼニゴケ造精器で特異的に発現していた。これらの結果から、CAPEを中心とするcAMPシグナル伝達機構が、精子機能の調節にはたらいていることが予想された。本研究では、ゼニゴケのCAPE遺伝子破壊株を用いて精子形成と精子運動能を中心に解析し、cAMPの生理機能を明らかにすることを目的とした。 CAPEはcAMP合成酵素部位に加え、cAMP分解酵素(PDE)部位を有する。今年度は、ゼニゴケCAPEのPDE部位(MpCAPE-PDE) のタンパク質発現・精製系を構築して得た酵素標品を用いてMpCAPE-PDEの性質を詳細に解析し、酵素活性がカルシウムイオンで促進されること、高濃度のジピリダモールで部分的に阻害されることを報告した。MpCAPE-PDEは哺乳動物やSAR分類群が有するPDEと同じクラスⅠPDEに属し、この報告は、植物クラスⅠPDEの詳細な酵素学的諸性質を示したはじめてのものである。 研究期間全体を通じ、ゼニゴケCAPE遺伝子破壊株の解析によってCAPEが精子鞭毛運動に関わり、cAMPがその調節因子としてはたらくことを強く示唆する結果を得ることができた。また、CAPEが精子を使って有性生殖をおこなう緑色植物で保存されていることをイチョウ、ソテツ、ツノゴケからCAPEを単離して明確に示すことができた。さらに、本研究課題によって、cAMPが鞭毛運動の調節因子として生物界を通して共通のはたらきをもつ可能性を示すことができた。
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