潮間帯に広がるマングローブに生息するコオロギの一種のマングローブスズは,昼夜に対応した約24時間周期の活動リズム(概日リズム)に加えて,潮の満ち引きに対応した約12.4時間周期の活動リズム(概潮汐リズム)を示す。潮汐に対応した体内時計(概潮汐時計)を構成する時計遺伝子はどの生物においてもまだ明らかにされておらず,概潮汐時計の分子基盤の解明が待たれている。本研究は,マングローブスズがもつ概潮汐時計の分子基盤の解明を目的とした。 初年度は,発現量が概潮汐リズムを示す遺伝子を網羅的に探索するため,恒常条件下で3時間ごとに48時間にわたってサンプルを採集してRNA-seq解析を行い,概潮汐遺伝子の候補遺伝子の絞り込みを行った。次年度は,候補遺伝子と考えられたx-box binding protein1遺伝子とS-adenosylmethionine synthase遺伝子について,その発現量をRNA干渉法により抑制して概潮汐リズムへの影響を検証したが,これらの遺伝子の概潮汐時計への関与は低いと結論付けた。今年度は,分子基盤解明の重要な情報となるゲノム配列の決定を行うため,近交系の作成を試み,兄妹交配8世代目の個体を使って大規模なWGS-seq解析を実施した。ゲノムサイズは約1.7Gbで,ゲノムがすでに決定されている他のコオロギ科(Gryllidae)の種類とほぼ一致していた。本研究課題で得られた研究成果は,概潮汐時計の分子基盤の今後の解明に大きく貢献すると期待される。
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