研究課題/領域番号 |
18K06332
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
石元 広志 名古屋大学, 理学研究科, 特任講師 (80643361)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ドーパミン / 性行動 / 意思決定 / ショウジョウバエ / フィードフォワード回路 |
研究実績の概要 |
性行動においてメスは、たとえ同種のオスであっても容易に交尾を受入れない。このメスの交尾意思決定を制御する脳神経機構は未解明である。ショウジョウバエのメスは、多くの動物と同様に、たとえ同種であっても求愛をすぐには受入れない。この交尾前の拒否行動は、交尾の決定権がメスにあることを示し、交尾相手を選択する行動である。このように、メスが継続した求愛を受けて、交尾の拒否から受容へと行動を転換する一連のプロセスを制御する脳神経機構を明らかにする目的で、本研究は、このメスの交尾前拒否行動を制御する責任神経細胞の特定を進めた。その結果、昆虫脳に共通して存在する中心複合体楕円体内の2種類の神経細胞群(各々アセチルコリン作動性神経細胞群とGABA作動性神経細胞群)で構成されるType-I Incoherent feedforward loopを形成する神経回路が、メスの性行動を制御することを突き止めた。また、脳に存在する2対のドーパミン神経細胞が、この回路を駆動すること、特定のドーパミン受容体が回路を構成する神経細胞の活動を制御することを明らかにしている。昨年度は、この回路の動作に一酸化窒素(NO)を介する逆行性シナプス伝達制御が関与すること見出し、当該神経回路の動作調節機構の一端を明らかにした。本年度は、分子解剖学的手法を用いて、当該神経回路と上流の神経群の接続を詳細解析し、フェロモン等のオスの情報を集約する脳の領域との解剖学な接続関係を明らかにした。さらに楕円体は、運動機能にも重要な役割を担う。そこで、これら神経機能を阻害することによる歩行速度の低下と交尾潜時の相関を検討した。以上の成果を集約して、本年度論文として出版することができた。また、各種メディアを通じて研究成果を社会一般に発信した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
メスの交尾前拒否行動を制御する上記神経回路は、2対のドーパミン神経細胞(PPM3)の制御下にある。解剖学的にこの関係性を明らかにする目的で、成虫脳におけるPPM3神経細胞の接続先および接続方向を調べた。まずSyb::GRASP法を用いて、PPM3神経細胞から当該神経回路に対する接続を確認した。また、順行性トランスシナプスマーカー法(Trans-TANGO法)を用いてPPM3神経細胞の下流神経細胞群を網羅的に可視化したところ、楕円体神経細胞群が主たる下流の接続細胞であることを明らかにした。さらにPPM3神経細胞の入力側をGFP標識したアセチルコリンDalpha7受容体サブユニットを発現させて可視化した。その結果、PPM3神経細胞は、上方前大脳内側部(Superior medial protocerebrum,SMP)に入力部位を密集させていることが分かった。SMPは、非密集型の神経叢構造をとり、嗅覚フェロモン情報に代表される性に関する感覚情報と性行動出力を統合する領域と考えられている。従って、PPM3神経細胞がオスの情報を楕円体当該神経回路に入力すると考えられた。ハエのドーパミン神経系と楕円体神経系は、歩行運動などの活性を調節する役割も担う。そのため、これら神経系の機能を分子遺伝学的に抑制または活性化した場合、メスの運動活性(能力)に依存して交尾率が変化する可能性がある。そこで、これまでに明らかにした神経細胞群や分子群の操作による交尾率の変化が、メスの運動活性(具体的には歩行速度)と相関するのかを解析した。その結果、メスの運動活性と交尾率は相関がなかった。例えば、楕円体神経細胞(R4d)のGABAA受容体発現を抑制すると有意に運動活性が低下する(オスを振り切ることが難しくなる)が、激しい拒否行動が持続するため交尾潜時の上昇と交尾率の低下を引き起こすことが分かった。
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今後の研究の推進方策 |
メスの交尾前拒否行動の制御には、オスの性情報→PPM3神経細胞→楕円体内神経回路の順に神経情報が伝達される。さらに楕円体内の神経回路はGABA作動性/グルタミン酸作動性のR2/R4m神経細胞群がアセチルコリン作動性R4d神経細胞群をNMDA受容体を介して活性化することで、拒否行動を促進し、その後、R4d神経細胞群の活動依存的に発生した一酸化窒素(NO)の逆行性シグナルによってR2/R4m神経細胞のGABA放出が高まり、拒否行動が抑制に転じることが示唆された。これら、ドーパミン、グルタミン酸、GABAといった複数の神経伝達物質によって、楕円体内神経細胞活動がどのように変遷するのか、その神経活動の時空間制御について明らかにする必要がある。本年度、新たに導入した機器によって当該神経細胞群の神経活動をCa2+イメージング法を用いて解析する実験系の構築が出来た。今後は、これら神経生理学的な解析を進める計画である。また、オスの性行動における楕円体神経細胞群働きは未知である。これまでに培った研究手法を駆使して、オスの性行動を制御する、新たな分子・神経機構を解明する計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
Ca2+イメージング解析に用いるレーザー装置の老朽化のために機器の更新が必要となった。レーザー発信装置1基と接続装置一式を当該年度に購入したが、レーザー発信装置の価格が想定を超えていたため、もう1基必要であったレーザー発信装置を当該年度での購入を次年度に持ち越したため。現状の解析には1波長でこと足りているが、より複雑な解析が見込まれる翌年度には追加購入の予定である。
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