研究実績の概要 |
性を持つ動物において適切な配偶相手を見極める、という脳の機能は、単に種を維持するためだけではなく、様々な種の形質を進化させる駆動力となる。性行動において特にメスは、同種のオスでも容易に交尾を受入れず、一定の距離を保ち配偶相手として相応しいか判断する。この交尾の可否を決定する意思決定を担う脳の分子神経機構の解明が本研究の目的である。本研究は、単純な脳システムで上記の性行動を示すショウジョウバエ(以降ハエと記述)を用いる。オスバエの求愛を受け、メスは交尾に至る前段階でオスを拒否する行動を示す。これまでに、中心複合体と呼ばれる脳神経構造内の楕円体と呼ばれるサブ構造にある2種類の神経細胞群(活動促進性のアセチルコリン作動性神経細胞群と活動抑制性のGABA作動性神経細胞群)が、Type-I Incoherent feedforward loopと呼ばれる神経回路構造をとり、上記のメスの行動を制御することを突き止めている。重要な発見として、脳内のわずか2対のドーパミン神経細胞が、この回路を駆動すること、ハエゲノムに存在する4種類のドーパミン受容体のうち、特定の受容体が回路を制御することを明らかにしている。本年度は、メスの交尾意思決定を担う上記神経回路について、特にドーパミンシグナルに対する神経応答について薬理学的、分子遺伝学的な操作を回路に加え、カルシウムイメージング法を用いて解析した。その結果、ドーパミン刺激時間、回路を形成する神経細胞間のシナプス結合の有無、回路周囲のMg2+, Ca2+イオン、ドーパミン受容体の種類、に依存した異なる応答特性を示す神経細胞グループが回路内に見いだされた。特に一定時間継続的にドーパミン刺激を加えることでバースト応答を示す神経細胞群は、メスの拒否行動が受容行動に転換する機構に重要な役割を担うと推定された。
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