研究課題/領域番号 |
18K06364
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
濱田 麻友子 岡山大学, 理学部, 特別契約職員(助教) (40378584)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 共生 / ゲノム / 刺胞動物 / ヒドラ / 進化 |
研究実績の概要 |
本研究では動物における適応と種分化の進化を明らかにするため、種によって異なる栄養獲得戦略を取る動物であるヒドラ属の近縁種間の比較ゲノム解析を行っている。ヒドラ属には藻類共生性のグリーンヒドラと非共生性のブラウンヒドラが存在する。グリーンヒドラの細胞内には共生藻としてクロレラが存在し、栄養面で相利共生の関係を築いている。一方、ブラウンヒドラは比較的大型で捕食性が高い。また、グリーンヒドラのゲノムサイズは約300Mbであるのに対し、ブラウンヒドラゲノムは約1Gbと大きな差がある。本研究ではこのような近縁種間の生態やゲノムの差を生み出した原因を探るため、これまでにグリーンヒドラHydra viridissima A99系統のゲノムを解読し、ブラウンヒドラH. magnipappilataやその他の刺胞動物との比較ゲノム解析を行った。また、共生クロレラに関してもゲノム解析や系統関係の解析を行い、クロレラ科における共生性出現の進化の道筋を考察した。 具体的には (1) H. viridissimaA99とH. magnipappilataのゲノムにおけるリピート配列の構成やシンテニー構造などの比較ゲノム解析、(2) ボディプランに関わる転写因子・シグナル分子の遺伝子構成の刺胞動物における種間比較 (3) グリーンヒドラの特徴である藻類共生性に関係すると考えられる遺伝子の探索、(4) 複数のクロレラ系統を用いた分子系統解析や微細構造の観察を行い、ブラウン・グリーンヒドラ各系統におけるRNAトランスポゾンの分布の差や、グリーンヒドラ系統に特異的に見られる自然免疫系遺伝子群の複雑化、さらにクロレラ科における共生性出現の道筋を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
H. viridissima A99とH. magnipappilataのゲノムにおけるリピート配列の分布を比較したころ、H. magnipappilata にはRNAトランスポゾンが多く存在する一方、H. viridissima A99にはほとんど存在していなかった。このことは、ブラウンヒドラではRNAトランスポゾンの増幅によるゲノムサイズの増大が起こっている一方、グリーンヒドラゲノムはヒドラ属の原始的な状態を保持していることを示唆している。 また、H. viridissima A99では異物認識受容体として知られているNod-like受容体遺伝子のような自然免疫系遺伝子が特異的に多く見られ、さらにそのドメイン構造が複雑化していることがわかった。これまでに、このような自然免疫系遺伝子の大規模重複と構造の複雑化はサンゴでも見られることを報告しており、藻類共生性になんらかの関与があると考えられる。 一方、H. viridissima A99とH. magnipappilataでは体サイズが大きく異なるにも関わらず、ボディプランに関わることが知られている転写因子やシグナル分子の遺伝子レパートリーはほぼ同一であった。また、特に体軸形成などの重要な機能が知られているホメオドメインタンパク質遺伝子を刺胞動物間で比較したところ、Medusozoaにおける遺伝子の段階的欠失が見られ、ヒドラ属の体構造の単純化を反映していると考えられる。 以上のようにグリーンヒドラとブラウンヒドラ、他の刺胞動物の比較ゲノム解析によってゲノム構造・遺伝子構成の相違点と共通点を明らかにすることができ、これらの結果は論文として現在投稿中である。一方、新規のゲノムシークエンスに関しては、当初の研究計画からの変更と長期間の海外出張のため、やや遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでグリーンヒドラH.viridissima A99とブラウンヒドラH.magnipappilataのゲノム構造の違いやグリーンヒドラに特異的に見られる特徴を明らかにすることができた一方、未だ体サイズの違いの原因の特定には至っていない。これまでにブラウンヒドラにおいて、体サイズをコントロールするシグナル伝達経路として、Wnt signaling, Insuling signaling, TGF-beta signalingが知られており、これらの機能阻害によって体サイズが変わることが報告されている (Mortzfeld et al., 2019)。しかし、これらの遺伝子や体軸形成に関わるホメオドメインタンパク質遺伝子などを含む転写因子・シグナル分子の遺伝子レパートリーに関してはほぼ同一であり、これらの遺伝子構成が体サイズの違いの原因ではないという結論に至った。そこで今後はブラウンヒドラとグリーンヒドラ間のこれらの遺伝子の発現調節メカニズムの違いに着目し、調節領域の比較やメチル化状態の違いに注目する。 また、これまでにグリーンヒドラH. viridissima A99では自然免疫系遺伝子の大規模重複と複雑化が、その共生クロレラでは窒素同化遺伝子の欠失とアミノ酸トラスポーター遺伝子の増加が見られることを示したが、このような共生に深く関係する遺伝子の特徴が他のグリーンヒドラ系統でも見られるかどうかを調べ、ある特定の共生環境下において同様の適応進化が起こっているのかどうかを確かめる。 以上の目的のため、H. viridissima A99とH.viridissima M8、H. magnipappilataゲノムに関して、改めてOxford Nanopore社のMiNIONを用いたロングリードシーケンスを行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度までにグリーンヒドラとブラウンヒドラのゲノム構造や遺伝子構成の違いを解析することができた。その結果を考慮して、当初の計画を変更しH. viridissima A99とH. magnipappilataゲノムのOxford Nanopore社のMiNIONを用いたロングリード・リシークエンスとH.viridissima M8の新規シークエンスを行うことにした。以上のように研究計画の変更があったことと、長期の海外出張のため、以上のシークエンスがまだ実施できていない。よって、シークエンス用の予算を次年度に回すこととなった。 本年度はシークエンス用の予算としてNanopore MinIONの試薬の購入のための試約(試薬合計約70万円)、一般試薬・消耗品として分子生物学実験用の試薬・実験器具用のガラス製品ガラス・紙、プラスチック製品の購入を計画している(約40万円)。また国内旅費として3回の国内学会・研究会参加のための費用(約15万円)、論文の校閲・投稿料(25万円)を計画している。
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