研究課題/領域番号 |
18K06371
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研究機関 | 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 |
研究代表者 |
鈴木 誉保 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, 生物機能利用研究部門, 研究員 (40442975)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 進化生物学 / 進化発生学 / 比較形態学 / 発生生物学 / 昆虫生物学 |
研究実績の概要 |
蝶蛾の翅模様のモジュール構造の解明を目的として、以下の3項目の実験に取組んだ。 (研究項目1)カイコの翅模様のグラウンドプランがもつ遺伝発生学的なモジュール性を明らかにするために、中央相称系の上流で発現していると期待されるwntA遺伝子の欠損系統の作出を行った。結果、wntA遺伝子のエクソン3~エクソン9までの全長約3kbを欠損させた系統を得ることができた。しかし、欠損した領域をホモに持った系統にすると卵の段階で致死になり孵化できないことがわかった。ヘテロ系統で模様の変化が観察できないかどうかを調べたが、定量解析でも変化が検出できないほど違いがなかった。 (研究項目2)蝶の翅模様がもつ表現型の多様性・複雑性とモジュール構造との関係を明らかにするために、南米熱帯に生息する蝶約300種(一つの亜科に属する蝶全種)について模様の構造と進化の解明に取組んだ。その結果、多様な模様は13個の要素の組み合わせで作り出されていることがわかった。もし自由に要素どうしが組み合わせられると仮定すると8192通りの模様が作れることになるが、実際は30通りしか存在しなかった。この組み合わせの制約がどのように生み出されているかについて多面的に調べ、構造・機能・系統など複合的な要因が関与していることをつきとめた。現在、論文を執筆中である。 (研究項目3)模様に関わる遺伝子のシス制御のモジュール性を明らかにするために、グラウンドプランの模様に関わる遺伝子wntAのシス制御領域の同定・単離に取り組んだ。昨年度までにカイコを含めた蝶蛾12種のゲノム配列を比較し保存された領域を見つけている。この保存されたシス領域のクローニングを行い、遺伝子組換え技術によりカイコに組換えた。カイコの眼がRFPにより赤い蛍光をもつことを利用してスクリーニングを行い、カイコ組換え体を作出に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究項目1については、中央相称系の上流で発現していると期待されるwntA遺伝子の欠損系統の作出できたことは重要な成果である。しかし、致死になってしまうため以降の実験の遂行が難しくなってしまった。ただし、蝶ではwntAを欠損させても致死にならないというい情報もあるため、カイコあるいは蛾などで致死になるというのが祖先状態なのかもしれない等を推察できる情報を得られたことは一定の成果だと判断している。進捗状況としては遅れている。 研究項目2については、1つの亜科に属するほぼ全種約300種の模様が要素の組み合わせを変えることで生み出されていることをつきとめたことは非常に重要な成果である。また、この成果は、昨年度に論文として報告した蝶の模様が要素へと分解できる多要素構造をとることを証明したことを踏まえたものであり、昨年度から今年度へと成果を蓄積しながら研究が進められている。ただ、昨年度中に論文は投稿しておきたかったので、やや進捗状況としては遅れている。 研究項目3については、昨年度に同定したwntA遺伝子の保存されたシス領域を組換えたカイコ系統を作出できたことは重要な成果である。予定通り進捗している。
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今後の研究の推進方策 |
主として以下の3項目に取り組む。 (研究項目1)wntA遺伝子の欠損系統が致死になるため、カイコによる遺伝子組換え技術・ゲノム編集等による模様要素の獲得・欠失実験を遂行することが難しくなった。wntA遺伝子の欠損のさせ方を工夫することで致死になるのを回避できる可能性もあるが、残りの時間を考えると難しい。この系については深追いしないことにして、この実験系がうまくいかなかった場合に当初から予定していた実験を進める。RNA-seqを利用した遺伝発現パターンを利用して、発生機構のモジュール性を探索する実験系に切り替えこちらに注力する。ただし、研究項目2、3がよく進展しているのでそちらを優先する。 (研究項目2)模様要素の組み合わせによる模様の多様化・複雑化進化について論文にまとめる。また、今回見出した組み合わせ論的な進化は、蝶の他の分類群でも利用されている可能性がある。そこで、他の亜科についても調べる。また、ある擬態をした蝶の模様の進化についてマクロ進化プロセスが見えてきたので、その解析に取り組む。 (研究項目3)2019年度に作出したwntA遺伝子のシス保存領域を組換えたカイコ系統の観察を行う。もしこの保存領域が遺伝子発現誘導能があるならば、カイコ5齢幼虫から蛹期初期にGFP蛍光が観察できるはずである。また、最近鱗翅目昆虫のゲノムの解読が進んで、新たな情報がわかってきているので、ゲノム配列のより精度のよい比較方法を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
カイコのwntA遺伝子欠損系統が致死になってしまったため、予定していたカイコ飼育、解剖実験、分子生物学実験、遺伝子組換え・ゲノム編集等に係る費用が不要になったため。生じた来年度への繰越金は模様の画像解析のために必要な器具(顕微鏡・カメラ・撮影器具等)に主として用いる予定である。
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