研究課題/領域番号 |
18K06374
|
研究機関 | 株式会社生命誌研究館 |
研究代表者 |
尾崎 克久 株式会社生命誌研究館, その他部局等, 研究員 (60396223)
|
研究分担者 |
小寺 正明 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 准教授 (90643669)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | アゲハチョウ / 味覚受容体遺伝子 / ミヤマカラスアゲハ / クロアゲハ / RNAi / RNA-seq / 次世代型シークエンサー |
研究実績の概要 |
本課題では、ミヤマカラスアゲハを入手することが不可欠であるが、山間部に生息している蝶であるため採集には大きな労力を要した。3個体のメス成虫を確保することができたが、食草の一つであるカラスザンショウの生葉および乾燥粉末を水で溶いた溶液では産卵しなかった。主たる食草であるキハダの生葉を入手して与えた結果、3個体とも産卵を確認できた。 研究代表者はこれまでに、人工飼料によるアゲハチョウの飼育プロトコールを開発しており、多くの種類のアゲハチョウを飼育した経験があるので、同じ手法でミヤマカラスアゲハ幼虫の飼育を試みた。その結果、初齢幼虫の人工飼料への食いつきが悪く、多くの個体が二齢に到達できずに死んでしまった。ミヤマカラスアゲハに限っては、他の種と比較して食草粉末の割合を半分程度に減らし、「薄味」にする必要があった。二齢に到達できた個体は順調に生育し、成虫を得ることができたが、メス1個体とオス2個体のみであったため、今冬の累代飼育と個体数増加を断念し、メス1個体分の前脚を用いてRNA-seqを行なった。 Illumina TruSeq RNA kit を用いてシークエンスライブラリーを作成し、Illumina MiSeq 600サイクルkitで塩基配列決定した。その結果、29個の化学感覚受容体候補遺伝子が見つかった。そのうち、完全長と推測されるものが5個あった。クロアゲハのトランスクリプトームデータを対象として、BLASTPを用いたホモロジー検索を行なった結果、部分配列ではあるもののクロアゲハの味覚受容体候補と高い相同性を示す配列が見つかった。両種に保存されている味覚受容体であれば、フェラムリン受容体である可能性が示唆される。 今後は、実験に用いることができる個体数を増やし、ダイレクトmRNAシークエンスを行うことで、完全長配列の取得を試みる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究開始当初、初年度ではフェラムリン受容体候補遺伝子の完全長配列の取得を目指していた。ミヤマカラスアゲハは関西地域では採集が難しい種ではあるが、3個体のメス成虫を確保することができ、それぞれから多数の卵を得ることができた。飼育条件が他のアゲハチョウ科昆虫とは異なっていたため、残念ながら核酸精製用サンプルの個体数を十分に確保することができず、メス成虫一個体分の前脚からのmRNA精製となったため、結果としては目標達成に向けて最小限のシークエンスリード数にとどまった。 しかしながら、インサート長が平均500bpになるように改変したプロトコールでシークエンスライブラリーを作成し、300bpペアエンドでシークエンス可能なMiSeqの特徴を活かした配列決定を行ったことにより、Trinityを用いたde novoアセンブルでN50が2486bpとなる良好な結果が得られた。Trandecoderを用いたアミノ酸コード領域の推定と相同性検索により、29個の化学感覚受容体遺伝子の候補配列を検出することができた。7回膜貫通型受容体をコードすると推定される完全長配列は5つであり、残りは部分配列であった。これら候補遺伝子の中には、クロアゲハの味覚受容体候補配列と高い相同性を示すものが一つ見つかり、クロアゲハとミヤマカラスアゲハの2種で機能が保存されたフェラムリン受容体を持っているという仮説が正しければ、フェラムリン受容体遺伝子の重要な候補であると考えられる。 クロアゲハに関しては、Trinityによるde novoアセンブルのデータ中から、フェラムリン候補遺伝子の完全長と思われる配列を取得しており、RNAiのための二重鎖RNAを合成する作業に着手している。 候補遺伝子の完全長配列取得とはならなかったものの、重要な候補配列を検出することができ、初年度での取り組みとしては概ね順調であったと思われる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後、フェラムリン受容体候補の機能を解明するためには、ミヤマカラスアゲハについても遺伝子の完全長配列を取得することが不可欠である。ミヤマカラスアゲハで完全長の配列を取得できなかった理由として、Trinityでのアセンブルに十分な量のリード数が得られなかった可能性が考えられる。MiSeqによるシークエンスリードを追加することでも改善できる可能性があるが、理想的にはNanopore MinIONを用いたダイレクトmRNAシークエンスを行い、1パスでの完全長配列の取得であると考えられる。そのためには5個体分の前脚組織が必要となるため、十分な個体数を確保できるよう採集と飼育を改善する。 初年度の取り組みで、ミヤマカラスアゲハに関しては、他のアゲハチョウと異なり「薄味」の人工飼料を用意することで初齢幼虫の食いつきと生存率が改善できることを確認している。採卵可能なメス成虫を確保できれば、実験に必要な個体数を飼育することが可能であると考えている。ミヤマカラスアゲハは、生きた蛹がネットオークションで出品されることも多い。大阪府内での採集にこだわらずにこのような機会を利用し、必要な数のサンプルを入手することも検討する。 上記のミヤマカラスアゲハでの候補遺伝子全長配列取得と並行して、クロアゲハに関してはフェラムリン受容体候補の機能解析に着手する。クロアゲハは大阪府内でも入手性が良いので、実験に必要な個体数を確保することは容易である。クロアゲハのフェラムリンに対する忌避行動は明瞭であるため、受容体遺伝子のRNAiによる産卵行動の変化の観察と、電気生理実験による感受性の変化を観察する予定である。 ただ、フェラムリンを製造・販売していた米Ark社が業務停止状態となっており、購入が困難な状況が続いている。当初の予定には無かったが、委託で合成するか、キハダから精製することを検討する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
ミヤマカラスアゲハ について、幼虫が順調には育たずに予定した個体数の実験サンプルを準備することができなかったため、次世代型シークエンサーを用いたシークエンス回数が予定より減少した。採集と飼育だけでサンプル確保が難しい場合は、ネットオークションを活用して入手することを検討する。 今後の機能解析で必要になるフェラムリンが、製造メーカーが業務停止状態となって約1年が経過しているため、購入が困難である。研究計画には無かったが、委託によって合成するか、キハダから抽出・精製を委託することを検討する。
|