研究実績の概要 |
ユキノシタ科チシマイワブキ(Micranthes)属のM. nelsonianaは周北極地方に広く分布する。一方、近縁種のM.fusca, M. ohwii, M. manchuriensisはカムチャツカ~アジア極東に分布し、氷期・間氷期の気候変動による遺伝子流動・交雑を経て形成された可能性がある。本研究では、東アジア要素と周北極要素の境界地域である千島列島周辺での集団の遺伝的関係・染色体数に基づき、これらの種の集団形成過程を考察した。 核rDNAのITS領域に基づく最尤法・ベイズ系統樹では、これらの種は 大陸のM. nelsonianaのクレードと、複数種を含む島嶼のクレードに分かれ、島嶼クレードはさらに、南千島のM. fuscaを外群として、1)M.fusca(日本)2)M.manchuriensis, 3) カムチャツカ+北海道を含む高山グループ 4)千島中部~アリューシャンの4クレードに分かれた。一方、葉緑体4領域に基づく系統解析ではM.fuscaのみが明瞭にまとまった。解析を総合した結果、M.fuscaはM.nelsonianaから分化した後安定した二倍体中心の種であり、択捉南部から分布北限のシムシル島にかけて、M.nelsonianaと二次的に交雑していると考えられた。また核・葉緑体の系統樹の矛盾から、M.fusca以外の集団は島嶼間・大陸-島嶼間で複雑な遺伝子交流を行っていることが示唆され、この考察は利尻(2n=50),大雪(2n=80)のITS領域のクローニングの結果によっても支持された。 本研究の結果、北東アジアのMicranthes属は、大陸周縁部の島嶼で独自の遺伝的構成を持ち、種を越えた交雑を行っていることが明らかになった。また千島列島周辺地域に特異的にみられる2n=24,50などの染色体数が種間交雑に寄与している可能性も示唆された。
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