熱帯・亜熱帯域の浅海域は、地球上で最も種多様性が高い生態系の一つである。熱帯・亜熱帯海域には造礁サンゴ類に代表される生物による複雑で微細な生息場所が創出されており、多様な生息場所ニッチの存在により駆動される生態的種分化が広い分類群にわたって普遍的に生じているとの予測がある。このような生態的種分化現象ひいてはその顕著なパターンである適応放散現象の実態やその歴史的過程を含めた詳細な進化機構を追究するためには、ニッチ分化の背後にある表現型の適応進化および副産物としての交配前隔離の遺伝・ゲノム基盤を描き出すことが重要である。本研究は,当該現象が強く示唆され、近年、生命科学の新規モデル海洋動物として世界的に注目されているクマノミ属魚類をモデル系とし、海洋生物多様性創出に関わる表現型進化の進化遺伝基盤の一端を追究する試みである。研究期間内の実績としては、以下の通りである。(1)研究代表者が初めて確立したクマノミ人工授精技術を用いた種間交雑家系の作出に成功し、これらの家系は今後の形質遺伝学的研究(QTL解析による表現型変異の遺伝基盤の探索)や実験生態学的研究への有用性が期待できる。(2)クマノミ類の中で系統的に大きく離れた種であるクマノミAmphiprion clarkiiとカクレクマノミAmphiprion ocellarisの間で雑種不妊現象(つまり交配後隔離現象)が進化していないことを見出した。(3)クマノミ類のニッチ分化と関連した表現型進化として、脳外形と視力の適応的分化を新規に見出した。
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