開始から4年目となる最終年度は,Heterocypris incongruensの光学顕微鏡連続切片を観察し,大顎底節に繋がる外来筋を全て把握した後,購入したソフトウェアAmiraによって大顎底節の外来筋系の立体再構築像を作成した.その結果,大顎底節は強靱なadductor musclesによる内転運動が可能である一方,長大なremotor musclesによって外転運動を行っていることがわかった.このことは,本種が強力な咀嚼能力を有している直接的な証拠であると同時に,本種の広範な食物選択(雑食性)を支持する構造である.前年度までの観察にて判明している,大顎底節に内在する多数の感覚神経と複雑な歯列群に加え,強靱な内転運動を可能にする外来筋系の存在は,本種における精密な大顎咬合が強力な咀嚼部として機能することを示す.その一方で,この大顎咀嚼部は左右の歯列群が咬み合うことで,開殻運動における強固な支点としても機能することが,本研究の観察から裏付けられた.すなわち,本種が属するカイミジンコ亜綱貝形虫は,その大顎筋-骨格系に2つの機能を有している.ひとつは強靱なadductor musclesによる力で大顎底節を内転させながら,大顎咬合面を作用点,背甲内側のフルクラルポイントを支点として利用することで,食物を咀嚼する“大顎咀嚼系”として,もうひとつは強靱なadductor musclesによる力で大顎底節を内転させながら,背甲内側のフルクラルポイントを作用点,大顎咬合面を支点として利用することで,二枚殻背甲の開殻を行う“開殻運動系”として働く,筋-骨格系の二重機能である.支点と作用点の逆転によって1つの筋-骨格系に二重機能を持たせることは,結果として第二触角や小顎の機能的解放に繋がり,派生的分類群における付属肢機能の多様化を可能にしたと考えられる.
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