研究課題/領域番号 |
18K06391
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研究機関 | 日本女子大学 |
研究代表者 |
今市 涼子 日本女子大学, 理学部, 研究員 (60112752)
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研究分担者 |
海老原 淳 独立行政法人国立科学博物館, 植物研究部, 研究主幹 (20435738)
藤浪 理恵子 京都教育大学, 教育学部, 講師 (40580725)
宮崎 あかね 日本女子大学, 理学部, 教授 (80293067)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | シダ / 配偶体 / 菌 / 共生 / 進化 / ハビタット / AM菌 |
研究実績の概要 |
4.5億年前、陸上に進出した植物は、「乾燥」と「土壌からの栄養吸収」という大きな問題に、菌類と共生関係を結ぶことによって対処したと考えられている。現生のコケ植物、シダ植物、種子植物は、体内(シダ植物以上は根)にアーバスキュラー菌(AM菌)を感染させ、菌から水分やリン酸をもらい、そのかわり菌に光合成産物を供給している。 シダ植物は、配偶体を胞子体内に内蔵する種子植物とは異なり、配偶体(前葉体)が胞子体とは独立に生活するという特徴をもつ。シダ配偶体の大半は、サイズが数ミリと小形の心臓形で、単細胞性の仮根しかもたないため、これまで菌感染は無いと考えられてきた。しかし、最近の我々の研究から、遺伝子を用いて種同定されたシダ野生配偶体の大半が、配偶体の中肋部(中央の多層部)にAM菌を感染させていることがわかった。さらに菌感染率は、配偶体のハビタットと関係し、地表(地上)に生育するものの菌感染率は50~100%であるが、岩上や樹上着生の配偶体は菌感染率が低く、多くが0%である事が示された。 我々は、シダ配偶体とAM菌との共生関係の詳細を知るため、土壌(黒ボク土)を充填したシャーレ中でAM菌とシダ配偶体の共培養実験を行った。その結果、(1)AM菌存在区と非存在区の間で、生育した配偶体に明らかなサイズ差(10倍以上)がみられる種、(2)菌感染は行うが、菌非存在区との間に有意なサイズ差が見られない種、(3)菌存在下においても菌が全く感染しない種、の3グループに区別され、シダ配偶体とAM菌との共生関係が多様であることが示唆された。 本研究では、「シダ配偶体とAM菌の共生関係」の多様性解析をめざし、野生配偶体の菌感染について調査研究をさらに進めるとともに、栄養条件(リン酸濃度)や配偶体の生育密度の調整が可能となる寒天培地等を用いた、より厳密な共培養実験系の開発をめざし、研究を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
シダ類の野生配偶体のAM菌感染率のデータを補完するため、これまでデータが不足していた岩上着生や樹上着生の野生配偶体の採集を進め、これらの種の分子同定、菌感染率、菌感染領域の観察を進めた。またFileMaker Proを購入し、種ごとに、配偶体の形、ハビタット、菌感染率、菌感染部位などについてのデータベース作成を開始した。 黒ボク土を用いた配偶体とAM菌との共培養実験については、これまでデータが少なかった着生種について、ノキシノブを用いた実験を行った。その結果、他の着生種と同様、菌接種区においても菌感染率が0%であることが示された。これまでの結果と合わせ、着生種2科4種では皆同様に、菌接種区においても菌感染が全くみられなかったことから、着生種の配偶体は、菌感染を積極的に防ぐ何らかのシステムをもつという我々の仮説をより強くするものとなった。 寒天培地を用いた共培養実験については、まず、菌接種区と非接種区で10倍以上のサイズ差を示して菌感染の効果が明瞭なゼンマイを用いて、リン濃度をふって実験を行った。黒ボク土がもつリン濃度3.35ppmを基準として、濃度を1/10, 1/100と下げていった。いずれも菌接種区と非接種区の間に、黒ボク土を使った共培養実験で得られたほどのサイズ差がみられず、場合によっては、菌接種区と非接種区間で有意な差がみられないこともあった。寒天共培養でサイズ差が出ない理由について、培地、添加する無機塩類、シャーレ内での配偶体密度、菌胞子の接種位置などの検討を重ねてきた。新しい実験系の確立にむけて順調に実験を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
野生配偶体のAM菌感染率とハビタットとの関係については、ほぼデータが揃ったと考え、今後はデータベース完成をめざすとともに、論文作成を始める。 土壌のリン濃度については測定法がほぼ固まったので、今後は地上生配偶体、岩上生配偶体、樹上生配偶体が野外で生育している土壌のリン濃度の測定を行う。これにより、地上生配偶体に比べて着生配偶体の菌感染率が低いという現象が、配偶体生育地の土壌のリン濃度の違い、あるいは土壌量に関連するか否か等を、明らかにしていく。 ゼンマイを用いた寒天共培養実験においては、菌存在下と非存在下での配偶体成長の差が不明瞭であり、黒ボク土を用いた土壌共培養実験の結果(10倍以上のサイズ差)が再現されなかった。この原因として、寒天と黒ボク土とでは、基質として本質的に大きな違いがある事が一因と考えられる。一般に土壌中での水は、個々の土壌粒子についている吸着水と、それ以外の自由水として存在しており、リン酸はこれら両方に含まれている。AM菌は、配偶体がまわりの土壌粒子の吸着水のリン酸を吸収してしまった後、遠く離れた土壌粒子の吸着水中のリン酸を植物体まで運ぶと考えられる。これに対して、寒天培地では、土壌粒子に匹敵する粒子が無いため吸着水は存在せず、大量に自由水が存在する。そのため配偶体は、AM菌が存在しなくても十分量の自由水のリン酸を取り込む事ができると予想される。すなわち、寒天培地では、菌接種区と非接種区の間で、配偶体が吸収できるリン酸量に違いが存在しない可能性がある。この問題を解決するためには、寒天中に何らかの粒子を加え吸着水を作る必要がある。今後は、土壌粒子を模した固体としてシリカゲル等を寒天に混ぜて培地を作ることを試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
野生配偶体の菌感染解析、データベース作成、土壌のリン濃度解析実験は、ほぼ当初の予定通りに進めることが出来たが、寒天培地を用いた共培養実験系の確立に関しては、予備的実験に終始し、本実験を行うことが出来なかった。そのため、培地用試薬、培養器具、分子同定用キット購入費や、研究連絡のための交通費として、研究費を次年度に繰り越すこととなった。
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