ヤドカリは脱皮成長に伴い新しい殻が必要となり、主要な入手手段である殻交換は仕掛ける側がより良い貝殻を得るための闘争行動である。攻撃個体が自分の殻を相手の殻に打ち付ける打突行動を繰り返す。打突は相手の身体に直接ダメージを与える攻撃ではないが、被攻撃個体は打突に耐えきれなくなると殻から出てくる。攻撃個体は相手の殻を素早く占有するが、被攻撃個体はしばらく待たされる等、柔らかく無防備な腹部を曝すことになる。被攻撃個体はなぜ危険を冒して自分から殻を出てしまうのか? この問いに対し、打突により殻に与えられる衝撃が捕食者による貝殻破砕時の衝撃と類似しており、殻が破砕される前に殻から逃避する、という捕食回避行動に便乗した、攻撃する側による感覚トラップであるという仮説を私は考えた。そこで、実験的に捕食リスクを認知させたヤドカリ個体が、打突により容易に降参するかを調べることにより、この仮説の検証を試みた。 2020年度までに、テナガツノヤドカリとユビナガホンヤドカリが捕食リスクを認知していること、ホンヤドカリが捕食者イシガニに殻を破砕される前に、殻から飛び出すことにより生存の機会が高まること等が示唆された。2022年度には、ユビナガホンヤドカリの殻闘争実験において、捕食リスクが高い場合には攻撃個体の少ない打突で被攻撃個体が殻を諦め、また1秒あたりの打突が多いほど殻を早く諦める傾向を見いだした。 ホンヤドカリでも2021年度にユビナガホンヤドカリと類似した傾向を得たが、一部方法を改善し2023年度に再度実験を行った。その結果、捕食リスクが高い場合に殻交換が起こりやすく、かつ1秒あたりの打突が多いほど殻を早く諦める傾向が得られた。したがって、捕食リスクが被攻撃個体の打突に対する耐性を弱め、殻交換の促進に寄与していることが2種のヤドカリで示唆された。しかし、仮説の支持には更に別の実験も必要である。
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