ツキノワグマの遺伝構造が形成される景観的要因を明らかにするのが本課題の目的である。 東北地方における同種の遺伝構造が形成される要因を景観生態学的手法を用いて検討した。宮城県および山形県北部から青森県南部にかけて捕獲されたツキノワグマの肉片およびヘアートラップで回収されたツキノワグマの体毛をサンプルとし、148個体分のマイクロサテライトDNA16遺伝子座の遺伝子座を決定した。距離による隔離の効果、抵抗による隔離の効果の影響を検討した。抵抗による隔離の効果は標高と土地利用の影響について解析した。その結果、個体間の直線距離が大きくなるほど遺伝的距離も大きくなり、距離による隔離の効果が確認された。標高による抵抗の効果は、2個体間の標高差が大きいほど遺伝的距離が大きく、また、個体間の平均標高が高いと遺伝的距離が小さかった。土地利用による影響は、耕作地と住宅地が個体間の遺伝的交流に対して25倍の抵抗となっていることが明らかになった。 中部地方(静岡県~富山県)では320頭分のサンプルからマイクロサテライトDNA16遺伝子座の遺伝子型とミトコンドリアDNA調節領域約700塩基の配列を決定した。その結果、同地域ではマイクロサテライトDNAから6つの分集団構造をとっていることが明らかになった。それらは、那谷・松本盆地・上田盆地などの低地が集団を隔てていることが示唆された。ミトコンドリアDNAのハプロタイプも地域的に固まって分布しており、これはマイクロサテライトDNAのように低地が遺伝構造を隔てているのではなく、長野県の北部と南部で異なる遺伝タイプが分布していた。これらの違いは景観要素によるものであると予測したが、どちらも地理的距離以外の要因は検出されなかった。
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