本研究の目的は、形態学と化学的分析を統合して、水田稲作起源地における人類集団の移動・拡散の実態をミクロの視点(個体単位)から解明することにある。2021年度については、前年度に引き続きコロナ禍のため、現地調査だけではなく国内における比較資料の調査も実施できない状況であった。したがって、これまでに収集したデータの整理、分析を行い、研究成果の公開に取り組んだ。 頭蓋の形態解析については、蒋庄集団を含めることはできなかったものの、上海市広富林集団や江蘇省Weidun集団など、長江デルタの初期稲作農耕集団を中心に検討した。その結果、新石器時代の長江デルタ地域にはアワ・キビ農耕は伝播しなかったにも関わらず、この地域の稲作農耕集団は、華北のアワ・キビ農耕集団からの遺伝的影響を強く受けていたことが示唆された。この結果は、学術誌Anthropological Scienceに投稿し、受理された。古病理学的分析については、人類学会が主催した一般公開シンポジウム「ソーシャルディスタンス」(オンライン)にて報告した。連携研究者ら(高椋・川久保)と共に上海市広富林遺跡の252号人骨の頭蓋レプリカと法医学的復顔を施した彫像、および脊椎カリエスのレプリカを土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムにおける企画展「骨からよみがえる古代長江流域の稲作農耕民」にて公開した。これらの結果は、農耕開始期における人類の適応状態について、これまで空白となっていた東アジアの水田稲作農耕における事例を示すものである。
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