研究課題
H30年度は、遺伝子改変マウスおよびマウス初代培養系を用い、以下の基盤データを得た。1)マウス大脳皮質におけるPNN形成の変化:予備実験では、上皮成長因子(EGF)過剰発現マウスの大脳皮質において、レクチン(WFA)結合性のペリニューロナルネット(PNN)陽性細胞数の低下が観察された。同様にGABA神経細胞のマーカーであるパルブアルブミン(PV)陽性細胞数との共局在を検討した結果、PV神経細胞周囲に検出されるPNNs(WFA陽性)細胞数の低下が同様に観察された。また、その変化は大脳皮質の2/3層と5層で違いが見られた。2)In vitroにおける、PNNs形成に対するEGFの作用の検証:上記のEGF過剰発現マウス大脳皮質では、PNNsの構成要素であるコンドロイチン4硫酸(C4S)およびコンドロイチン6硫酸(C6S)の発現が低下していた。そこで、マウス大脳皮質初代培養系を用いて、培養神経細胞にEGFを添加すると、個体での結果と同様にPNNs(WFA陽性)細胞数の低下と、C4S, C6Sの発現低下が見られた。また、EGF受容体(ErbB1)の特異的阻害剤であるPD153035をEGFと併用すると、EGF単独でみられたPNNsへの抑制効果が阻害された。3)PNNs集積に対する、EGF作用メカニズムの検討:コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)などのPNNs構成成分は負電荷に富んでいる。そこで、マウス大脳皮質初代培養神経細胞に対してアミノ基結合(正電荷)ナノ粒子を添加すると、EGF添加群のPV細胞周囲において、、大将軍と比較するとアミノ基結合ナノ粒子の集積に変化が見られた。この結果から、EGFはC4SやC6S, CSPGの産生/分解だけでなく、細胞表面あるいは細胞周囲の電荷を変化させることで、CSPGなどの凝集や拡散(反発)を誘発している可能性が示された。
2: おおむね順調に進展している
H30年度は、仮説に基づき、遺伝子改変動物組織などを用いたCSPGの産生に対するEGFの作用を検討できた。そのため、本研究仮説である、PNN(PNN形成分子群)の集積調節については検証できたと考える。しかしながら、もう一つの可能性であるCSPGやヒアルロン酸など、PNNS構成成分の分解調節についてはまだ検証できておらず、また、それらに関連するシグナル伝達群についてもまだ進展がみられていない。
PNNs形成へのEGFの影響については、培養系を用いた実験より、EGF添加により細胞表面の電荷が変化した可能性もあることが示された。CSPGの集積およびPNNsの形成にはそれ以外にも、ヒアルロン酸やテネイシンR、リンクタンパクとCSPGとの結合が必要である。さらには、EGFがこういった細胞外マトリクスの分解調節に作用する可能性も考えられる。そのため、次年度は、初代培養系を用いて、膜型マトリクスプロテアーゼやコンドロイチナーゼ、ヒアルロナーゼなどの分解酵素活性に測定し、EGFのPNN形成(集積と分解)への作用実態を明らかにしたい。また、これらに関与するEGF下流のシグナル分子(JAK-STAT, RAF-MAPK, PI3K-mTOR系)経路についても、阻害剤などを用いて同定したい。また、過去の所属研究室の研究から、EGFはGABA神経細胞の形態的、機能的発達の抑制と、それらに伴う発達終了後(成体時期)の行動変化を引き起こすことがわかっている。H30年度の研究結果からは、こうしたEGFのGABA神経細胞への抑制作用の一環として、EGFが、GABA神経細胞の細胞外構造であるPNNsの構築に対しても抑制的な作用を示すことがわかった。今後は、このようなEGFによるPNNsやその構成要素であるCSPGなどの産生/分解への影響が、成体(個体)におけるEGF/EGF受容体(ErbB1)シグナルの変調がもたらす高次機能への影響とどのように関連しているのか、EGF過剰発現マウスおよびEGF投与ラットを用いて検討したい。
次年度使用額が生じた理由: WFAやCSの抗体、コンドロイチナーゼなどの酵素、遺伝子改変マウスなどは、ある程度はすでに所属研究室に存在するものを使用できた。そのほかの抗体や消耗品などは、キャンペーンなどを利用し、単価を抑えて購入することができた。使用計画:H30年度の研究費からは次年度への繰越分が発生しているが、これは、メタロプロテアーゼなどのブロードな分解酵素や、ヒアルロン酸合成酵素や分解酵素(ヒアルロナーゼ)などの発現や機能調節の可能性を検討するべく、おもにマウス大脳皮質初代培養系の実験に引き続き使用する。
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Psychiatry Research
巻: 270 ページ: 940~946
10.1016/j.psychres.2018.10.062