子どもの脳の発達過程には、適切な神経回路形成を行うために、経験に応じて可塑性が高まる「臨界期」がある。我々は臨界期の分子機構を遺伝子発現制御の観点から理解することを目的として、ゲノム制御領域間の相互作用を司り遺伝子発現を調節するコヒーシンに焦点を当てて研究を行っている。コヒーシン関連因子は、ヒトでは自閉症の症状を呈するコルネリア・デ・ランゲ症候群の原因遺伝子として知られる。これまでの解析により、1) 臨界期マウス視覚野では視覚経験に依存したコヒーシン結合部位があり、それらは神経の発達に関係する遺伝子に多いこと、2) 臨界期に重要な抑制性ニューロン(パルブアルブミン陽性PV細胞)においてコヒーシンローダーNipblをノックアウトしたマウスでは、PV細胞の成熟が遅延すること、および3) PV細胞の機能発達に関わる遺伝子群の発現が、Nipbl機能欠損により特に影響を受けていることを明らかにしてきた。さらにPV細胞の遺伝子発現に関わる制御領域を明らかにするため、PV細胞特異的なATAC-seqによりオープンクロマチン解析を行った。まず野生型PV細胞において、臨界期前から臨界期にかけて出現するオープンクロマチン領域を同定した。また、臨界期のオープンクロマチン領域の形成にはNipblが関与することが示された。これらの結果から、コヒーシンを介したクロマチン構造の制御が、経験による神経細胞の発達に必要であることが示唆された。PV細胞は、神経回路発達および精神疾患における重要性が示唆されながら、細胞数の少なさ、分取の難しさから遺伝子発現制御についての研究が遅れていた。本研究の成果をもとに、現在さらにPV細胞特異的なエピゲノムの詳細な解析を進めており、今後、脳の発達期におけるエピジェネティクスとコヒーシンの役割が明らかになると期待される。
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