研究実績の概要 |
脊髄小脳失調症29型(SCA29)は、小脳の神経細胞の変性により運動失調症状を示す遺伝性の神経疾患である。SCA29の原因遺伝子として、IP3をリガンドとする細胞内Ca2+チャネルであるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体1型(IP3R1)が同定されたが、変異がIP3R1の機能に及ぼす影響やSCA29の発症機構は不明である。今年度は、SCA29の原因となるIP3R1の点突然変異がその機能に及ぼす影響を解析し、以下の結果を得た。1) ゲノム編集でヒトの3種のIP3R遺伝子をすべて欠失したIP3R完全欠損細胞株に、SCA29の点突然変異を持つIP3R1変異体を遺伝子導入し、カルシウムイメージングでそのチャネル活性を解析した。その結果11種類の変異体(R241K、T267M、T267R、R269G、R269W、S277I、K279E、A280D、E497K、T579I、N587D)は、ほとんどチャネル活性を示さないことが明らかになった。2) 変異型IP3R1のIP3結合領域を大腸菌で発現・精製し、IP3結合活性を解析した結果、9種類の変異体(R241K、T267M、T267R、R269G、R269W、S277I、K279E、A280D、E497K)は、IP3結合活性が著しく減少していた。一方、T579I、N587Dは正常なIP3結合活性を示したことから、IP3結合により誘導される構造変化が正常に行われない可能性が示唆された。3) 小脳プルキンエ細胞特異的タンパク質CA8はIP3R1の機能を抑制する。IP3R1のCA8結合領域に変異のある変異体とCA8との結合を解析した結果、V1538M変異によりCA8との結合が阻害され、CA8による制御が正常に行われなくなることを解明した。4) CA8は運動失調や精神遅滞を症状とする遺伝性疾患の原因遺伝子でもあるが、患者で同定されているCA8の点突然変異により、IP3R1の制御機能が失われることを解明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、SCA29の原因となるIP3R1の点突然変異により、IP3R1に顕著な機能不全が生じることを解明した。さらにその分子機構として、1) IP3R1のIP3結合活性が欠損する、2) IP3結合により誘導されるIP3R1の構造変化が損なわれる、3) CA8によるIP3R1の制御に異常が生じる、の3つのメカニズムを明らかにした。これらの研究成果を論文(Ando et al., PNAS, 115, 12259-12264, 2018)として発表したことから、当初の計画以上に進展していると評価できる。
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