本研究では、豊富な遺伝学的手法が利用可能なショウジョウバエを用いて、複数の情報を組み合わせて適切な行動を選択する際に働く神経回路の動作とそのメカニズムの解明を目指す。 本年度は、感覚情報の統合、記憶、運動の制御に関わる脳領域である楕円体に着目し、楕円体ニューロン群が飛行中にどのような情報を符号化するかを解析した。先行研究により、楕円体の特定のニューロン群が飛行するハエの頭の向き(頭方位)を符号化することが知られていた。このような頭方位の神経符号を生成するためには、自己運動に関する情報が必要だということが理論的研究により示唆されていたが、楕円体のニューロン群が飛行中に運動情報を符号化するかどうかは不明であった。そこで、遺伝学的手法を用いて楕円体の特定のニューロン群にカルシウム指示タンパク質を発現させ、バーチャルリアリティ空間を飛行するハエから神経活動を記録した。その結果、特定の楕円体ニューロン群が、頭方位に加え、自身の旋回運動に関連して活動を変化させていることを発見した。また、楕円体の下流に位置する扇状体という脳領域の活動を解析したところ、扇状体の特定のニューロン群が、頭方位・自己運動を符号化するニューロン群と同期して活動していた。これらの結果は、楕円体と扇状体に存在する特定のニューロン群が機能的なネットワークを形成し、頭方位・自己運動の情報を処理していることを示唆する。以上により、ショウジョウバエの脳内における方向感覚および行動選択に関する神経回路メカニズムについての理解が深まった。
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