日本は急速に高齢化社会に移行しており、アルツハイマー病(AD)患者の増加は国家の基盤を揺るがす社会問題となっている。AD発症の原因物質であると考えられているアミロイドβペプチド(Aβ)を標的とした治療薬の開発が国内外で進んでいる。しかしながら、臨床試験中のAβをターゲットとした治験薬は脳内のAβ濃度を下げることには成功しているが、顕著な認知機能の改善は見られない。最近、AD発症の要因として第三のセクレターゼ経路が報告されている。β-セクレターゼ阻害剤によりAβの産生が抑えられても、新たなプロセシング酵素である η(イータ)-セクレターゼが Aβ ドメインの上流を切断し、次に α-セクレターゼによりアミロイド η ペプチド (Aη)が産生される経路である。Aη は Aβ より神経毒性が強いとされており、AD治療ためには β-セクレターゼとともに η-セクレターゼも阻害する必要があると思われる。本研究課題では、治療薬としての β-セクレターゼ阻害剤を開発するとともに、η-セクレターゼ仮説に基づいた η-セクレターゼ阻害剤を設計・合成することを目的とした。市販のη-セクレターゼを用いた阻害活性評価実験でフェニルアラニンの基質遷移状態アナログであるApnsを有するFmoc-Apnsに弱いη-セクレターゼ阻害活性があるのを見出した。本研究代表者らはP1部位にApnsを有するBACE1阻害剤を開発しており、BACE1およびη-セクレターゼの認識部位が疎水性アミノ酸を認識することから、かなりの類似性が認めらる。これはBACE1およびη-セクレターゼの両方を阻害する阻害剤の開発が可能であることを意味し、重要な発見だと思われる。
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