研究課題/領域番号 |
18K06616
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研究機関 | 摂南大学 |
研究代表者 |
西矢 芳昭 摂南大学, 理工学部, 教授 (70612307)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 有機溶剤作業 / 酵素的測定法 / タンパク質工学 / 馬尿酸 / 加水分解酵素 / 基質特異性 / トルエン / エンドポイントアッセイ |
研究実績の概要 |
芳香族有機酸の馬尿酸やメチル馬尿酸、マンデル酸、フェニルグリオキシル酸などは有機溶剤健診の測定対象化合物であり、トルエンやキシレン、スチレンなどに暴露された有機溶剤取扱作業者の尿中最終代謝産物となる。本研究は、計算科学的技術を利用することで酵素反応を微視的に解析し、立体構造に基づく活性中心の合理的デザインにより、芳香族有機酸の迅速且つ簡便な酵素的測定法に必要な新規反応性酵素を創成することを最終目的とする。 令和元年度は、各種変異酵素の作成と基質特異性および反応性の評価を行った。まず、超好熱性古細菌の既知カルボキシペプチダーゼを基に、馬尿酸およびメチル馬尿酸への両反応性変異酵素を設計、作成した。結果として、野生型に対し馬尿酸に対する反応性が約12倍向上し、オルト、メタ、パラメチル馬尿酸に対する反応性も4~31倍向上した多重変異体を得た。特に、オルトおよびパラメチル馬尿酸に対する野生型の反応性は微弱であったが、変異体は実用化レベルの反応性を示した。変異効果は、基質特異性の低下および触媒反応の低温適正化によるものであった。このように、平成30年度に創成したマンデル酸測定用酵素に続き、実用的な馬尿酸・メチル馬尿酸総量測定用酵素の創成に成功した。 また別途、中等度好熱性細菌のカルボキシペプチダーゼ・ホモログが馬尿酸加水分解酵素活性を有することを見い出した。本酵素からは、馬尿酸に対する特異性が向上した変異体を作成することができ、馬尿酸の分別定量に目処を得た。 得られた変異体を活用し、トルエン・キシレン暴露の指標となる尿中馬尿酸・メチル馬尿酸総量の酵素的測定法を開発した。主反応酵素として変異体を用い、追随酵素としてグリシンオキシダーゼとペルオキシダーゼを用いた比色定量測定系を考案し、実際にエンドポイントアッセイにて測定可能であることを確認した。現在、実用化に向けた基礎的データを取得中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
令和元年度は、超好熱性古細菌の既知カルボキシペプチダーゼを基に、馬尿酸および3種のメチル馬尿酸への反応性変異酵素を立体構造予測、ドッキングスタディなどにより設計した。そして、タンパク質工学技術により種々の変異体を作成した。結果として、既に平成30年度に創成したマンデル酸オキシダーゼに続き、実用的な馬尿酸・メチル馬尿酸加水分解酵素の創成に成功した。さらに、トルエン・キシレン暴露の指標となる尿中馬尿酸・メチル馬尿酸総量の酵素的測定法を開発し、実用化に向けた基礎的データを取得中である。 また、データベース検索より抽出した中等度好熱性細菌のカルボキシペプチダーゼ・ホモログが馬尿酸加水分解酵素活性を有することを見い出した。本酵素を基に馬尿酸に対する特異性が向上した変異体を作成でき、馬尿酸の分別定量に目処を得た。 馬尿酸やメチル馬尿酸、マンデル酸、フェニルグリオキシル酸などの芳香族有機酸は有機溶剤に暴露された作業者の体内で代謝され、尿中に排出される最終代謝産物である。本研究では、有機溶剤取扱作業者の健康被害防止のため、迅速・簡便な芳香族有機酸の酵素的測定法の確立を目指している。対象酵素の高次構造の予測と合理的デザインに着目し、測定法に必要な新規芳香族有機酸反応性酵素を創成するという流れで検討を進めている。 当初の計画では、本年度に馬尿酸およびメチル馬尿酸、マンデル酸の測定用酵素を創成し、来年度に酵素的測定法の開発へと進める予定であった。今年度に、酵素的測定法の開発にも着手しており、来年度は当初研究実施計画には無かったフェニルグリオキシル酸測定用酵素の開発に着手する。 以上より、現時点では当初研究実施計画として掲げていた内容を超える検討を進めており、実用的な酵素的測定法の開発に向けて、期待した以上の進展が見られている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度は、新規な芳香族有機酸反応性酵素の作成と改良、そして実用性の評価を引き続き実施すると共に、それらを用いた酵素的測定法を開発する。 さらなる芳香族有機酸反応性酵素として、ひとつは馬尿酸高特異性酵素の開発である。すでに尿中馬尿酸・メチル馬尿酸総量の酵素的測定法は開発できたが、馬乳酸特異的測定法との組み合わせによって初めてメチル馬尿酸量との分別測定が可能となる。本年度の検討にて、馬尿酸特異性が大きく向上した変異体を得たが、実用に供するにはさらに厳密な基質特異性を必要とする。 もうひとつは、フェニルグリオキシル酸測定用酵素の開発である。これについては当初研究実施計画には入れておらず、追加の取り組みとして予備的検討から開始した。現在、機能改変対象酵素のX線結晶構造解析など基礎的検討を進めている。 また、新規開発した馬尿酸・メチル馬尿酸の酵素的測定法に用いる追随酵素であるグリシンオキシダーゼは、触媒反応速度が一般的な酵素よりも相当低い欠点がある。本酵素はチアミン合成に関わり、合成の効率化のため反応回転速度を抑える方向に進化した。したがって、立体構造に基づく合理的なデザインにて進化を逆行させ、反応速度を高めることが可能と考える。グリシンオキシダーゼの反応速度向上が為されれば、酵素的測定法のコスト低減に結び付き、より実用性が増す。さらに、グリシンオキシダーゼの反応速度や基質特異性が改良され、本酵素の課題である基質阻害も低減されれば、生体試料中のグリシン測定など他用途への展開も期待される。 酵素反応を利用して芳香族有機酸を測定する方法は、本研究で初めて提案するものであるが、過去の臨床検査薬開発の実績から実現可能性は十分有る。また、本研究により、酵素反応の理解と機能改変の一般則の解明にも大きく貢献できると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
計画当初は、酵素的測定法の開発に対する課題解決に相当の費用が必要と想定していたが、比較的短期に課題を解決できた。 次年度は、開発する芳香族有機酸測定用酵素の数を増やしたので、遺伝子操作用試薬や酵素評価用試薬、結晶構造解析等に使用額を追加したい。
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