家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の原因タンパク質であるトランスサイレチン(TTR)は四量体から単量体への解離、単量体の変性・凝集体形成を経てアミロイドを形成する。アミロイド形成実験に汎用される酸変性条件ではTTR単量体の変性・凝集体形成過程の解析が困難であるため詳細な機構はこれまで不明であった。本研究では、TTR単量体の変性・凝集体形成を標的とした創薬研究を展開するために「変性により単量体の立体構造がどのように変化し、変性した単量体がどのような会合様式で細胞毒性を示す凝集体を形成するのか」という問いを独自の手法を用いて解明することを目的とした。本年度は、ジスルフィド結合を介したTTR二量体(S-S結合二量体)の立体構造を核磁気共鳴分光 (NMR) 法により解析した。まず、アミノ酸選択標識したTTR単量体タンパク質を大腸菌発現系により調製した。変性条件下でTTR単量体をインキュベーションすることでS-S結合二量体を形成させ、サイズ排除クロマトグラフィーで精製後、NMR測定を行った。その結果、S-S結合二量体ではTTR単量体で観察されたシグナルがほぼ消失しており、新たな位置に数個のシグナルが観察された。また、プロトンNMRの解析結果より、S-S結合二量体のスペクトルのうち単量体で観察されたスペクトルと重なるピークは一部のみであることが明らかになった。したがって、S-S結合二量体の立体構造はネイティブ状態と変性状態の中間状態にあたるpartial unfolding状態であることが示唆された。興味深いことに、S-S結合二量体を還元剤処理すると単量体のスペクトルと完全一致したことから、ジスルフィド結合がpartial unfolding状態のロックとして機能しており、還元剤処理によりロックを解除するとネイティブな構造状態へと戻ることが明らかになった。
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