妊娠中の乳癌は、病状の進行が早く予後が悪いため、妊娠中でも薬物治療が必要となる場合がある。当研究室では、これまでに、妊娠中の乳癌の第一選択薬doxorubicin(DOX)を母体に投与すると、DOXが胎児に移行することを明らかにしてきた。本研究では、このDOXの母体から胎児への移行を低減する方法として、リポソーム製剤DOXILに着目した。DOXIは、DOXをリポソームに封入することで物理的なサイズが大きくなることから、胎盤の透過性を軽減し、胎児への影響が少ないのではないかと考えた。そこで本研究では、DOXILを母体に投与した際の胎児への移行性をDOXと比較した。まず、妊娠マウスにDOXまたはDOXILを投与し、72時間後の胎児の生存率を比較した。その結果、DOXIL群はDOX群と比較して胎児の生存率が有意に上昇していた。次に、DOXまたはDOXILを妊娠マウスに投与した後、経時的に母体の血液を採取し、胎児を摘出した。各サンプル中のDOX濃度はHPLC-FLDで定量分析した。その結果、DOX群では、投与後、母体から胎児に移行し、24時間後に最大となった。一方、DOXIL群では、胎児中のDOX濃度が、投与から72時間まで緩やかに上昇していた。また、両薬剤のAUCを比較すると、DOXIL群における胎児のAUCは、DOX群よりも少ないことがわかった。本研究の結果は、DOXILがDOXと比べて胎児に移行しにくいことから、妊娠中の乳癌に対して新たな治療薬となり得ることを示唆している。しかしながら、DOXIL群では、DOX群と比較して、長時間にわたり胎児がDOXに暴露されることが懸念される。したがって、妊娠中にDOXILを使用した際の安全性をより詳細に検討するために、72時間以降の薬物動態に加えて、胎児に対する毒性についても今後、解析する必要があると考える。
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