研究課題/領域番号 |
18K06793
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研究機関 | 高崎健康福祉大学 |
研究代表者 |
荻原 琢男 高崎健康福祉大学, 薬学部, 教授 (80448886)
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研究分担者 |
矢野 健太郎 高崎健康福祉大学, 薬学部, 講師 (40644290)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | P-gp / 足場タンパク / Snail / EMT / 薬物耐性 / 肺がん |
研究実績の概要 |
P-糖タンパク質(P-gp)は,様々な抗がん薬を細胞外へ掃き出すトランスポーターであり,がん細胞が薬物耐性を示す原因のひとつである.一方,がん細胞は上皮間葉転換(EMT)によって,浸潤および転移能を獲得し悪性化する.昨年度までに,ヒト肺がん由来細胞であるHCC827細胞に,EMT誘導因子であるSnailを過剰発現させたとき,P-gpの排出活性が亢進し,この亢進をヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤エンチノスタットが抑制することを示した.しかしながら,本法のみでは,臨床時に他の組織への抗がん薬の移行をも促進してしまうため,抗がん薬ががん部位により選択的に移行する方法を確立する必要がある.そこで本年度は,肺がん細胞および臨床検体を用いてP-gpの輸送機能を調節する因子について検討した.これまでに我々は,複数のがん細胞においてP-gpの輸送機能が,Ezrin, Radixin, Moesin (ERM) と呼ばれる足場タンパクによって調節されていることを報告している.そこで,これらのタンパクに着目したところ,EzrinまたはMoesinの遺伝子発現を抑制したときにP-gpの輸送機能が有意に低下することを見出した.また,P-gp同様にがん細胞の薬物耐性に関与する排出系のトランスポーターである,乳がん耐性タンパク(BCRP)についても同様に機能を評価したところ,EzrinあるいはMoesinの遺伝子発現を抑制したときに機能低下が認められた.これらのことから,P-gpおよびBCRPいずれもEzrinおよびMoesinによって輸送機能が調節されていることが示唆された.(J Pharm Pharmacol. 72(4):575-582. 2020.)さらに現在,HCC827細胞にEMT化を誘導したときのP-gpの輸送機能亢進にも,Moesinが関与しているという知見を得ている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度では当初の計画通り,「EMT誘導時のP-gp機能亢進の抑制方法の探索 (細胞株 in vitro)(研究計画書記載)」をすべく,ヒト肺がん由来HCC827細胞を用いて,P-gpの輸送機能変動とそのメカニズムについて各種検討を行なった.まず肺がん細胞におけるP-gpの輸送機能調節因子を同定するため,EMT化を起こしていないHCC827細胞を用いた.P-gpの膜上発現を支える足場タンパクであるERMタンパクの発現量を評価したところ,Ezrin,Radixin,Moesin,いずれのmRNAも発現が認められた.そこでこれらの遺伝子発現をsiRNAにより個別に抑制したところ,EzrinあるいはMoesinを抑制した場合においてP-gpの輸送機能に有意な低下が認められた.また,P-gpと同様に多くの抗がん薬に対する耐性に関わる乳がん耐性タンパク質(BCRP)についても検討を行なったところ,この場合にもEzrinとMoesinの発現を抑制したときに有意な輸送機能の低下が確認された.したがって肺がん細胞ではP-gpおよびBCRPいずれも,EzrinおよびMoesinによって機能が調節されており,これらのタンパクの機能を阻害する薬物を創出することができれば,網羅的な耐性克服剤となり得るものと考えられた.(J Pharm Pharmacol. 72(4):575-582. 2020.)さらに,悪性化時の評価としては,SnailによってERMタンパクの中でもMoesinの発現量増加にともなったP-gpの輸送機能亢進を確認しており,詳細なメカニズムについて検討を進めている.加えて,より臨床的に意義のある「臨床検体におけるEMTおよびP-gp機能亢進因子の探索(研究計画書記載)」にも既に着手しており,肺がん組織を用いたP-gpの機能調節因子の解析を進めている.
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今後の研究の推進方策 |
メカニズム解析をさらに深める目的で,「EMT誘導時のP-gp機能亢進の抑制方法の探索 (細胞株 in vitro)」を推し進める.具体的には,Snail遺伝子の導入によってHCC827細胞にEMT化を誘導したとき,Moesinの発現増加に伴ったP-gpの膜上発現増加が起きているかを明らかにする.また,Moesinの発現を抑制することでP-gpの輸送機能が抑制され得るかも併せて検討する.さらに,臨床検体を用いて,研究計画書記載の3-1. EMTの確認およびSnailとP-gpの発現評価 (in vivo)および3-2. EMTの誘導因子およびP-gpの機能亢進の因子の発現評価 (in vivo)について検討を進める.特に,HCC827細胞で増加が認められた因子を中心に発現量を解析し,in vivoとin vitroの間の相関性を明らかにする.これにより,in vitroで得られた結果が,臨床にも適用可能であることを示す.なお,上記がスムーズに進行した場合,HCC827細胞を用いて担がんマウスを作製し,in vivoでのP-gpの機能評価およびMoesin阻害の影響を確認することで,in vivo (担がんマウス)によるin vivo (臨床)の予測性を解析する.また,肺がんの治療薬としてシスプラチンがある.この薬物は薬物耐性に関わるトランスポーターであるMRPの基質であることから,悪性化時の肺がん細胞においてはMRPの輸送機能が亢進していることが想定される.そこで,EMT化を誘導したHCC827細胞を用いて,MRPの輸送機能変動および薬物耐性能の変化を評価する.以上より,2020年度末までにはEMT化時の肺がん細胞に対して特異的にはたらく足場タンパクの抑制が,薬物耐性克服のための新たな創薬ターゲットとして有用であることを示すことができるものと考えている.
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