研究課題/領域番号 |
18K06817
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
礪波 一夫 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 助教 (70511393)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 血管新生 / 血管内皮細胞 / 集団的細胞運動 / VE-カドヘリン / 回転運動 / 数理モデル |
研究実績の概要 |
血管新生では内皮細胞同士の追い越しやすれ違い、入れ替わりと言った複雑な集団的細胞運動が明らかとなっているが、本研究では、この運動パターンを制御する仕組みの解明を目的としている。これまで血管内皮細胞株MS-1細胞を用いた単一細胞動態の解析から、内皮細胞が示す特有の協調運動として、細胞接着による方向性のある運動の亢進、血管新生のすれ違い運動に相当する回転運動、回転運動における運動速度の増加を明らかとしてきた。さらに細胞動態の詳細な解析から、MS-1細胞では接触した2細胞間で、一方の細胞運動が亢進している時、もう一方の細胞運動は抑制される傾向を見出している。この隣接細胞間に生じる相反的な運動性は、血管新生における内皮細胞同士のすれ違い時にも認められており、隣接した細胞同士が互いの運動の足場となることによって方向性のある運動を獲得していることが示唆された。次に、本研究では上記の協調動態を生み出す分子メカニズムとして内皮細胞特有の接着分子VE-カドヘリンの役割に注目し、CRISPR-Cas9システムを用いてVE-カドヘリンをノックアウト(KO)したMS-1細胞を作出した。VE-カドヘリンKO MS-1細胞では野生型MS-1細胞が示す細胞外基質(ECM)中での発芽・伸長が退縮し、単一細胞レベルでの解析においては、細胞接着は維持されながらも、運動の方向性が失われ、特徴的な2細胞での回転運動はむしろ亢進し、2細胞の経時的な運動速度が互いに相関性を示すようになることを見出した。さらに、当該年度は共同研究において、上記で同定した内皮細胞の運動特性を数理モデルに取り入れ、血管新生の数理シミュレーションとしてin silicoでの血管網の構築に成功している。また、VE-カドヘリンをKOしたMS-1細胞の挙動の数理モデル化にも取り組み、発芽的血管新生の退縮現象を再現することも出来た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度は、当初予定していたより早く内皮細胞に特徴的な細胞動態の抽出が完了し、さらにCRISPR-Cas9システムを利用したVE-カドヘリンKO MS-1細胞の作出と解析にまで進むことが出来た。その結果、これまで同定した血管新生を可能にする内皮細胞動態について、VE-カドヘリンに依存した方向性のある運動とVE-カドヘリンに依存しない回転運動(血管新生では内皮細胞のすれ違い現象に相当)から構成されていることを明らかとすることが出来た。現在、VE-カドヘリン依存性、非依存性の細胞動態について各々の分子機構の解明に取り組んでいるが、VE-カドヘリンに依存した運動特性については、VE-カドヘリンの機能変化(特に細胞接着面で受けるエンドサイトーシスによる機能変化)とMS-1細胞の協調動態の関連が新たに示唆されている。さらに、VE-カドヘリンKO MS-1細胞が示す回転運動では、互いの接着面を軸に回転する2細胞の運動速度に経時的な相関性が認められると言う特性が明らかになり、数理モデルによるin silicoの血管網構築に新しい要素を加えることが出来た。また、当初想定していなかったVE-カドヘリンによる接着班の制御を介した内皮細胞の協調動態制御の可能性が示唆されており、こちらもVE-カドヘリンのエンドサイトーシスとの関連を含めその分子メカニズムの解析を進めている。また、VE-カドヘリンKO MS-1細胞における回転運動では、細胞接着面における活発なラフリング現象と細胞接着の保持(CD31の免疫染色による)が明らかとなり、一般的な細胞運動の接触阻害とは異なる接着による運動の亢進と言う内皮細胞に特徴的な協調動態を生み出す新たなメカニズムとして注目している。以上の様に、当該年度は当初の計画以上に研究計画が進展し、また想定外の新しい知見も得られたことから計画以上に進展していると評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の方針としては、これまで本研究において着目してきた血管新生を可能にする内皮細胞に特徴的な動態であるVE-カドヘリンに依存した方向性のある運動とVE-カドヘリンに依存しない回転運動について各々の分子メカニズムを明らかにしていくことである。先ず、VE-カドヘリンに依存した運動特性については、VE-カドヘリンのエンドサイトーシスとの関連に着目し、VE-カドヘリンKO MS-1細胞に、細胞内へのエンドサイトーシスが抑制されるVE-カドヘリン変異体(DEE変異体)と野生型VE-カドヘリンによるレスキュー実験を行い、両者の細胞動態の比較からVE-カドヘリンのエンドサイトーシスによる機能変化が内皮細胞の特徴的動態にどの様な役割を担っているかを明らかにする。また、VE-カドヘリンによる接着班の制御を介した内皮細胞の協調動態制御の可能性にも注目しているため、こちらもVE-カドヘリンのエンドサイトーシスと接着分子のリン酸化などの分子動態について解析を進める予定である。VE-カドヘリンに依存しない回転運動については、細胞接着面における低分子量Gタンパク質活性の関与を低分子量Gタンパク質の活性阻害剤を用いて解析すると共に、FRETを用いたライブイメージングによる、より直接的な解析にも挑戦していく予定である。また、VE-カドヘリンKO MS-1細胞に発現する遺伝子群が所属研究室のRNA-Seq解析により明らかになっているため、この中から接着分子を中心に内皮細胞の回転運動に関わる候補分子をピックアップし、CRISPR-Cas9システムを用いてVE-カドヘリンとのダブルKO MS-1細胞を作出、解析することにより内皮細胞にユニークな回転運動に関わる分子を同定する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当該年度の研究計画において、内皮細胞に特徴的な動態を生み出す分子メカニズムとしてVE-カドヘリンやその他内皮細胞に特異的な細胞接着分子、細胞接着面でのアクチン動態の解析など当初計画していたより標的分子や着目すべき細胞現象を絞り込むことが出来た。そのため、本年度は着目分子のスクリーニングのために用いることを予定していた抗体や阻害剤が当初の計画より少なく済んだが、次年度は着目分子について変異体の作出やマトリゲルによる発芽的血管新生モデルを用いた細胞動態の詳細な解析、新たな標的分子についての遺伝子欠損細胞の作出など注目する分子や細胞現象の解析に向けた研究費の集中的な投入が必要になる。さらに、詳細な細胞動態の解析のためのタイムラプス撮影による連続静止画像を大量に取得することが予想され、データ保存のためのハードディスクの追加的な購入が必要となる。以上の理由から、当該年度の研究経費を次年度の目的集中型の研究計画に投入することが研究計画全体の進捗にとって建設的であるため次年度の使用が生じることとなった。
|