生活様式の変化に伴い、心筋症や肝硬変、腎障害、間質性肺炎など臓器の線維化を伴う炎症性疾患が先進国の死因に占める割合は年々上昇している。肝炎では、コラーゲンなどの線維性結合組織が異常に蓄積することで、肝臓の硬化性変性すなわち肝硬変が引き起こされ、さらに肝臓癌へと進行すると最悪に至る。これまで私は、thymosin-β4(Tβ4)というタンパク質の発現上昇が、転写調節因子MRTFの活性化を介して線維芽細胞によるコラーゲンの産生を亢進することを明らかにしてきた。一方で、他の研究グループからは、細胞内で合成されたTβ4が細胞外へと分泌され、Ac-SDKPと呼ばれる小ペプチドへとプロセシングを受けることで、組織の線維化を抑制しうることが報告されていた。そこで、本研究では、これら相反するTβ4の機能を詳細に解析するため、Tβ4の機能のうちMRTFの活性化に必要な部位に変異を加えたTβ4-L17A変異マウスとAc-SDKPの産生に必要な部位に変異を加えたTβ4-S2AD3A変異マウスを作成し、これらのマウスに四塩化炭素を投与することで肝炎を誘発した。すると意外なことに、両マウスにおいて四塩化炭素により誘発される肝線維化の度合いや、肝機能、各種線維化関連遺伝子の発現変化は、野生型マウスのそれらと比較して統計学的に有意な差は見られなかった。一方で、Tβ4ノックアウトマウスに四塩化炭素を投与したところ、野生型マウスと比べて非常に強い肝線維化とそれに伴う肝機能の低下が観察され、aSMAやcollagen1a1を初めてとする線維化関連遺伝の発現量も著しく上昇していた。以上の結果は、Tβ4が肝線維化を抑制する因子であることを示しているが、その作用機序がこれまで考えられていたようなMRTFやAc-SDKPを介したものではないことを強く示唆している。
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