研究課題/領域番号 |
18K06929
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
今城 正道 北海道大学, 化学反応創成研究拠点, 特任准教授 (00633934)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 腸上皮幹細胞 / EGFR / ERK / 分泌系細胞分化 / ハイドロゲル |
研究実績の概要 |
腸上皮幹細胞の機能は、組織内のシグナル因子や細胞外マトリックスの分布、さらには腸管内の様々な刺激(細菌やウイルスの感染、腸管内容物による損傷など)によって絶えず変化しており、この外環境に対する幹細胞の適切な応答が腸上皮恒常性の維持に必要不可欠である。本研究は、様々な環境刺激に対して腸上皮幹細胞がどのように応答し、それが腸上皮恒常性にどのように寄与するのか解明することを目的としている。そこで先ず、感染応答における腸上皮幹細胞の機能変化に焦点を当てて研究を行った。腸上皮にある種の病原体が感染すると幹細胞から分泌系細胞への分化が促進されることが知られている。我々は、この感染応答過程において腸上皮幹細胞内でのNotch経路の活性低下を介してERK MAPキナーゼの活性化の頻度が上昇すること、このERKの活性化が分泌系細胞への分化に必要なことを見出した。このERKの活性化は、EGFR阻害剤によって抑制されたことから、分泌系細胞分化の過程ではEGFR活性の亢進を介してERK活性が増強されると考えられる。また、ERKの活性化は分泌系細胞分化のマスターレギュレーターであるAtoh1の発現誘導に必要であることも明らかになった。従って、分泌系細胞分化の過程でEGFR-ERK経路はAtoh1の発現を誘導することで、分化を促進すると考えられる。この成果に加えて昨年度の研究では、細胞外マトリックスの物理的性質が幹細胞運命に与える影響についても詳細に検討した。この解析においては、化学的に合成したハイドロゲル上で腸上皮幹細胞を培養し、未分化性の維持や細胞増殖への影響を検討した。その結果、ハイドロゲルの電荷が幹細胞運命に大きな影響を与えることを見出している。以上のように、本研究により感染応答における幹細胞の機能変化の分子機構と細胞外マトリックスの物理的性質が幹細胞に与える影響の一端が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の研究では先ず、感染応答時に腸上皮幹細胞の分泌系細胞への分化を制御する機構に焦点をあてて研究した。その結果、分泌系細胞への分化過程では、EGFR-ERK経路の活性化によって、転写因子Atoh1の発現が上昇し、それにより杯細胞やパネート細胞など分泌系細胞への分化が促進されることが示された。通常、正常な組織更新ではERK経路は主に細胞増殖を担っており、分泌系細胞への分化に必要だという結果は予想外のものであった。また上記の研究と並行して、細胞外マトリックスの物理的性質が幹細胞に与える影響についても詳細に解析した。具体的には、化学的に合成した種々のハイドロゲル上で幹細胞を培養し、幹細胞機能に対する影響を調べた。その結果、ハイドロゲルの電荷によって幹細胞の応答が変化すること、未分化性の維持においては正電荷を持ったハイドロゲルが適していることが分かった。この結果は、腸上皮幹細胞が足場となる基質の電荷を感知する機構を備えており、この機構によって幹細胞の機能が制御されることを示唆している。このように、これまで未知であった腸上皮幹細胞の感染応答機構や基質認識機構の一端を解明するなど、着実に研究が進展しており、今後さらに詳細な分子機構の解明が見込まれることから、当該年度の研究は「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
上記のように、昨年度の研究では感染応答時の腸上皮幹細胞の分化方向を制御する新たな機構として、EGFR-ERK経路が分泌系細胞分化のマスターレギュレーターであるAtoh1の発現を誘導することを明らかにした。そこで今後の研究では先ず、EGFR-ERK経路がどのようにしてAtoh1の発現を制御するのか検討する。具体的には、Atoh1プロモーターを解析し、ERKによって制御される部位を同定するとともに、そこに結合する転写因子等を同定する。神経組織においては、ERKがAtoh1を直接リン酸化によって制御するという報告もあり、同様の機構が働いている可能性も検討する。また、分泌系細胞分化の過程でEGFRシグナルがどのように促進されるのかについても、EGFR制御因子の発現変化等を解析することで明らかにしたいと考えている。これに加えて、昨年度の研究で細胞外基質の電荷が幹細胞機能に重要な影響を与えることを見出したことから、幹細胞がどのようにして基質の電荷を受容し、シグナルを伝達して、応答するのか、一連の分子機構を解析する。以上の研究により、腸上皮幹細胞の環境応答機構とその生理的意義の一端を解明することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の研究では、腸上皮幹細胞が細胞外基質の物理的性質、特に電荷に応答することを見出すなど、当初の予想を上回る研究の進展があり、そちらを優先して解析した。その結果、病態モデルマウスを用いた解析や個々の遺伝子の機能解析等を次年度以降に行うこととなり、それに必要な経費も次年度に使用することになった。研究計画の順序変更によるものであり、根本的に研究計画を変更した訳ではないため、次年度に未使用額を執行する予定である。
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