腸上皮幹細胞の機能は、組織内のシグナル因子や細胞外マトリックスの分布、さらには腸管内の様々な刺激によって絶えず変化しており、この外環境に対する幹細胞の適切な応答が腸上皮恒常性の維持に必要不可欠である。本研究は、様々な環境刺激に対して腸上皮幹細胞がどのように応答し、それが腸上皮恒常性にどのように寄与するのか解明することを目的としている。昨年度までの研究では、感染応答における腸上皮幹細胞の機能変化に焦点を当てて研究を行った。その結果、腸上皮にある種の病原体が感染し、幹細胞から分泌系細胞への分化が促進される際に、腸上皮幹細胞内でのNotch経路の活性が低下すること、それによりERK MAPキナーゼの活性化の頻度が上昇することを見出した。さらに、このERKの活性化が分泌系細胞への分化に必要なことを見出していた。本年度は、このERK依存的な細胞分化の分子機構を解明するために、分泌系細胞分化のマスターレギュレーターであるAtoh1に焦点を当てて研究を行った。Atoh1は分泌系細胞への分化過程で、発現が上昇するが、この発現上昇にはERKの活性化が必要であった。そこで、Atoh1のゲノム上の結合部位をChIP-seq解析により、網羅的に解析した。その結果、細胞分化の過程でAtoh1によって発現が制御される遺伝子を多数同定した。さらに、ERK活性を阻害したサンプルでは、Atoh1の標的部位への結合が顕著に抑制されることが明らかになった。従って、ERK経路の活性化はAtoh1の標的遺伝子プロモーターへの結合を促進することにより、下流の遺伝子発現を誘導することで、細胞分化を促進すると考えられる。以上のように、本研究により感染応答における幹細胞の機能変化において、Notch活性の低下がERK-Atoh1経路を介して幹細胞の分化方向を制御する機構の一端が明らかになった。
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